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2008年1月12日 (土)

10−9 良く

 航空、情報通信の発達により、この百年で世界は小さくなりました。海外旅行する人は飛躍的に増え、外国のニュース報道を見たり、携帯電話やインターネットで外国とリアルタイムで通信したりすることが出来るようになりました。各国の社会も経済も百年前では想像できないほどグローバル化しました。でも、伝統や文化にはまだまだ各国の多様性があります。現代の日本人の考え方とアメリカ人の考え方は似ている部分もありますが、違う部分も大いにあります。現代の日本人と平安時代の日本人の方が、共通点が多いでしょう。それでも千年を経て、自然や社会に対しての考え方など、両者では全く違うところもあります。ローマ人と現代イタリア人が同じイタリア半島に住んでいるものの、全く異なるのと同じです。
 価値観は時代によって異なるとか、多様化しているとかと言われています。社会は豊かになりました。同時に、モノでもサービスでも選択の幅が拡大しました。確かに、選択肢は多様化しています。でも、本質的な価値観は多様化してないと感じます。塩野七生さんか誰かが言われていた通り、東も西も、今も昔も、人の価値観はただ一つ「良く生きたい」だけだと思います。
 良く生きたいという意志のほかに、世の中を乗り切るには運も必要です。運とは、世間や時代とマッチすることです。世間や時代に迎合する必要はありませんが、いくら才能があっても世間や時代と喧嘩していては、良く生きることは難しいでしょう。才能はまさに千差万別です。あれば素晴らしいですが、持って生まれたものなので、ないものねだりをしても仕方がありません。才能は平等ではありませんが、生きている限り、時間は万人に平等です。天才の一日も、普通の人の一日も客観的には同じ長さです。また、天才も普通の人も平均寿命は違いません。生きることの最大の制約である時間は、誰にでも平等です。
 最大の制約である時間が平等なのですから、良く生きる前提条件はみな同じようなものです。しかも、現代は人類史上かつてないほど、物質的に恵まれています。また、身分制や差別や偏見も過去に比べれば減少しています。人権、ヒューマンライツは近代ヨーロッパの生み出した最大の発明です。総合的に、世界の中でも日本は特に恵まれた環境にあります。したがって、良く生きようとするのに、周囲の環境は決して悪くありません。むしろ、恵まれているほどです。ですから、多分、あきらめなければ何とかなります。というより、あきらめない姿勢が良く生きようという姿勢であり、良く生きようと心がけるだけで、案外、良く生きられるような気がします。ちょっと、楽観的すぎるでしょうか。

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