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2008年1月 5日 (土)

10-2 学歴社会

 日本は学歴社会です。学歴に関係なく社会的地位を得ている人もたくさんいますが、そういう人は特別の能力を持っている人が多数です。特別の能力がない普通の人は、学歴がある方が有利です。何に有利かというと、有名な会社に入るのにです。
 これまでは、有名な会社に入ることは魅力的でした。有名な会社は規模が大きく、景気変動に強く、安定的です。定年まで雇用も保障されていますし、生涯給与も高額です。福利厚生もしっかりしていますし、退職金も期待できます。会社中心に人生が設計できたのが、日本の会社社会でした。スポーツ選手やアーティストになるには特別の能力が必要ですが、それ相当の学歴を手にすれば、有名な会社に入るのに特別の能力は必要ありません。入ってしまえば、よほどのことがないかぎり定年まで勤め上げることができました。現に報酬に見合った貢献を会社にしていない人は、大企業にはたくさんいます。有名な会社に入れれば、安定した人生が待っていました。
 有名な会社に入るには、有名な大学に入る必要があり、その前には有名な高校に入って・・・と、どんどん受験が低年齢化して、行き着いたところが小学校入試、幼稚園入試などのお受験です。ですから、会社社会と学歴社会は表裏一体です。というか、学歴社会は会社社会の結果です。学歴社会のパーツにすぎない入試制度や偏差値教育を変更しても、学歴社会の根本は変わりません。学歴社会を変えたいなら、会社社会にメスを入れる必要がありました。でも、昭和の間は、会社社会は変更出来ない強固なシステムに見えました。
 それが、平成に入って様相が変わります。不良債権処理にもたつき、不況が長引く中、グローバル化が進展し、大企業といえども競争環境が激化しました。そのため、リストラという名の早期退職が急に一般的になりました。企業が生き残るのに、終身雇用は捨てられたのです。入社した会社中心に人生が設計できた時代は過ぎ去ったということです。同時に中途採用も増えました。企業が労働市場に求めるのは、利益に直結する労働力です。時代にマッチした専門的な知識や経験がなければ、たとえ高い学歴を有していても価値がなくなりました。会社社会が変わりましたので、その結果たる学歴社会も必然として変わって行きます。今後は、専門性、市場性に裏打ちされた職歴社会になりそうです。職歴社会は実力が常に問われますので、学歴社会よりも競争は激化します。しかし、十代に受けた試験の結果で大勢が決まる学歴社会よりも、よほどフェアな社会でしょう。
 また、入試の低年齢化とともに、公立学校離れも進んでいます。公立学校が教育環境に適さないとの認識が広がった結果です。資金的なゆとりがないと私立学校に子どもを長く通わせることは出来ません。所得、資産の格差が教育現場にまで現れつつあるのが公立学校離れです。一億総中流だといわれてきた日本で、階級化が進展している兆しでしょう。教育は人を育てる機能をもつ、社会全体の再生産装置です。教育に格差が生まれることは、社会の格差が固定化することです。

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