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2007年12月 8日 (土)

7-8 植民地

 軍事力が世界のバランスを決めてきました。そして、世界の覇権は数百年単位で移り変わってきました。I.ウォーラステインなどによると、ある時代の先進的地域の周辺部分にある国が、次の時代の先進的地域になることによって、世界の覇権は移動します。
 15、16世紀はスペインとポルトガルの時代でした。ヨーロッパ諸国の中で、スペインとポルトガルは先陣を切って、海外領土獲得に乗り出しました。ヨーロッパ以外の世界はスペインとポルトガルで分割して統治するとの条約がローマ教皇によって16世紀前半までに決められたほどです。中南米でスペイン語が話され、ブラジルでポルトガル語が話されるのは、この時の影響です。条約を結ぶにあたって、アジアの国々の主権も中南米やアフリカの人々の存在も全く眼中にないのは、当時のヨーロッパの状況をよく表しています。
 17、18世紀は代わってオランダ、イギリス、フランスが覇を唱えました。この時期の特徴は、各国ともに東インド会社などの国策会社を作って、植民地経営にあたったことです。時を経るごとに、海軍力を中心としたイギリスの軍事力が他国を圧倒するようになります。19世紀は大英帝国が世界を制覇しました。全世界の陸地の四割を支配する、太陽の沈まない国でした。当然、支配された住民はイギリスに反感を抱きますので、大英帝国の存在自体が、紛争の尽きない理由でした。今から振り返ると、19世紀のイギリスは野蛮というのがぴったりな国情でした。中国(清)との戦争は、清のアヘン取締に端を発するものです。相手国に麻薬を売りつけて、その取締に難癖つけるなんて現代では考えらないでしょう。
 明治維新とは、そんな帝国主義を時代背景にしています。明治維新は日本にとって近代の幕開けであると同時に、列強に植民地にされないための政変でした。その危機感と優越感とが同居して、日本はアジアでの植民地支配に乗り出しました。安全保障面でプラスであっても、植民地経営には大規模な資本投下が必要ですので、投資回収は容易ではありません。現に日本の植民地経営もトータルでは赤字だったとの指摘があります。一般的にいっても、植民地統治は困難であり、現地人を大量虐殺するといった非人道的なことでも徹底しないかぎり、植民地経営はそれほど旨みのある事業ではありませんでした。(不幸なことに、これを行った欧米諸国がありました。)見方によっては、植民地経営がその後の発展にプラスになった側面はあったかもしれませんが、支配されることは誰にとっても気持ちのよいものではありません。あらためてそんな風な発言をするのは、政治的には不適切以外の何ものでもありません。
 第二次大戦後、世界の多くの植民地は独立しました。世界は平等になったかの様相でしたが、実質的には米ソ両大国にコントロールされる衛星国でした。冷戦は二つの覇権国がバランスした国際秩序でした。従来、ヨーロッパなどでは多くの勢力がバランスする国際秩序がしばしばみられました。21世紀はアメリカに覇権が集約されつつある歴史的には珍しいモデルです。それがゆえに大英帝国同様に、アメリカ支配への反感が顕在化するのだと思います。

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