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2007年12月27日 (木)

9−7 渋滞とラッシュ

 東京など大都市では渋滞は日常茶飯事です。渋滞はイライラの原因になりますし、時間ロスによる経済損失は甚大です。国土交通省の推計によれば、一人当たり年間30時間のロスだそうでして、日本全体では年間12兆円の経済損失と計算されます。これはGDPの2%以上です。この推計が全て正しいわけではないでしょうが、渋滞の社会的コストの大きさが実感できる数字です。
 渋滞は自動車の道路需要が道路供給を上回る場合に発生します。車が多すぎれば、自然と渋滞が発生することになります。では、車線を増加すれば解消するかというとそれほど単純ではありません。供給増加による渋滞解消を期待して、道路需要も増加するので、再び渋滞が発生します。圧倒的な供給拡大でもないかぎり、抜本的に渋滞が解消することはまれです。サンフランシスコなどアメリカの大都市では、10車線以上の道路で数キロの渋滞が見られます。道路供給の増加だけでは渋滞解消の困難さが伺えます。道路需要の抑制策としては、都市近郊まで自動車でやって来て、そこからバスや鉄道に乗り換えるパークアンドライドや専用レーンを設けて相乗りを優遇するものがあります。日本でも自動車通勤の発達した地方都市などでは一定の有効性があります。
 東京の渋滞は工事などにより部分的には酷いところもありますが、環状線など、近年の道路整備の進捗により、総じてよい方向に向かっています。少しでも、渋滞が緩和されるように道路整備を続けるしかありません。道路整備には時に立ち退きが伴います。立ち退く人にとっては堪え難いこともあり、相当の言い分もあるのでしょうが、一軒だけ残って反対運動を続けている状況を目にすると、私権の制限も場合によってはやむを得ないと感じます。
 同じく、都市の交通問題にラッシュがあります。東京では田園都市線や東西線のラッシュは200%の混雑率に達します。相当、圧迫感のある状態です。しばしば、身動きのとれない250%の混雑率にも達します。毎日のことなので、だんだんと感覚は麻痺しますが、ラッシュが心をすさませる異常な状況であることに変わりはありません。ラッシュは、20世紀に職住分離が広がると伴に、突然現れた生活形態です。毎日、知らない人とすし詰めになる経験を繰り返します。インターネットによる情報過多が近年よく指摘されますが、ラッシュによる物理的過密の方が生物レベルでは根源的な変化ではないかと感じます。
 新線開通、複々線化、時差出勤、オフィス移転のすべてを実施しないかぎり、ラッシュの解消は図れないでしょう。身体的にもラッシュは負担ですが、心理的には臨戦態勢の戦闘機パイロットよりも過度のストレスを、ラッシュ時の通勤客は被っているとの調査結果があります。ラッシュが日本で社会問題化して既に半世紀が過ぎました。昭和30年代と比べれば解消は進んでいますが、依然、社会問題であることに変わりありません。住宅問題解消を唱える内閣はこれまでもありました。そろそろ、ラッシュ解消に真剣に取り組む内閣が現れてもよいと思います。

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