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2007年12月10日 (月)

7-10 テロリズム

 21世紀は01年9月11日のアメリカ同時多発テロで幕を開けました。その5年前にハーバード大学のサミュエル・ハンチントンが指摘したように、冷戦後の世界では文明の衝突が顕著になりつつあります。文明や宗教の違いは地域での対立や紛争を引き起こしがちですが、冷戦時のように大国間の対立が鮮明である場合は、地域での対立や紛争は押さえつけられ、表面化しません。したがって、押さえつけられていた圧力がなくなれば、地域での対立や紛争はあらわになります。歴史的には、大国の勢力が弱まった時のバルカン半島がその典型です。
 宗教対立などの火種は、それを利用する外国の力が加わると、より大きくなります。アメリカ同時多発テロを起こしたアルカイダは、イスラム急進主義の反米組織です。しかし、もともとはソ連によるアフガニスタン侵攻への対抗勢力として、アメリカCIAによって支援された組織でした。その後、アルカイダがアメリカと対立するようになると、今度はアフガニスタン政権がアルカイダの後ろ盾になりました。その後ろ盾になったアフガニスタン政権が、01年のアメリカによるアフガニスタン侵攻により打倒されたターリバーンでした。このターリバーンも隣国パキスタンの支援によって勢力を拡大し、政権を獲得しました。つまり、テロ組織や急進政権はそれを支援する外国の援助によって大きくなる構造です。
 自爆テロや武力闘争などが日常的に頻発してきたのが中東パレスチナです。第二次大戦後にイスラエルが独立し、パレスチナ難民が発生してから半世紀以上にわたって紛争が続いています。武力闘争を掲げたパレスチナ解放機構とイスラエルによる、まさに復讐が復讐を呼ぶ負の連鎖が続きました。しかし、四次にわたる中東戦争が行われたパレスチナ問題も93年にイスラエルとパレスチナ解放機構が合意に達して、パレスチナ解放機構は武力闘争を放棄しました。背景には、湾岸戦争でパレスチナ解放機構がイラクのフセイン政権に近いスタンスをとったことがあります。従来、パレスチナ解放機構を支援したアラブ諸国がこれを機会にパレスチナ解放機構への支援を減らしたため、パレスチナ解放機構は財政的に行き詰まり、イスラエルとの合意に向かったとの分析があります。
 アイルランドでの武力闘争はIRAという組織によって繰り返されました。IRAの歴史はテロの歴史であるとともに、分派の歴史でもあります。武力闘争が続き、多くの犠牲者が生じた後に、それぞれの時代のIRA多数派が停戦を認めます。しかし、IRA内部の急進派がそれに不満を持ち、離脱して組織を拡大するという歴史です。IRAも時代によって、ナチスやソ連やリビアなどの外国援助を受けてきたと言われています。急進派が時を経て、勢力を拡大するのは、政治が問題を解決できず、過激な活動が民衆から支持を得るからです。しかし、そのIRAも05年に武装解除を発表しました。これは90年代からの度重なる政治交渉が実を結んだためです。紛争の火種を根本的になくすことは極めてむずかしいことですが、火種を拡大させず、武力闘争にまで至らない状態を維持することが国際政治には求められます。
 パレスチナではパレスチナ解放機構が武力闘争を放棄しましたが、かわってハマースがテロを続けています。このハマースはイスラム原理主義を掲げる過激な組織であり、近年では貧困層の支持を背景に、急速に議会でも勢力を拡大しています。理由は、ハマースが医療や教育などの行政サービスを自治政府に代わって提供しているからです。政治が社会問題を解決できないと、急進派や過激派が台頭することになります。第二次大戦前の日本も同じ構図でした。本題に戻りますと、文明や宗教の違いは対立や紛争を引き起こしがちですが、決して異なる文明や宗教が併存出来ない訳ではないでしょう。現に、イスラエル建国以前は対立がありながらも、パレスチナでアラブ人とユダヤ人は併存していました。
 アメリカ同時多発テロで証明されたように、大都市はテロに非常に脆弱です。文明や宗教の対立は止むことはないので、今後もテロリストは大都市を標的にしたテロを試みようとするでしょう。これに対しては、テロを支援する国や勢力に圧力をかけたり、武力闘争を試みる組織と地道に交渉を続けたりするしか解決方法はありません。理想とされる安定した秩序は簡単には訪れません。反対に、勝手な理想を簡単に手にしたいと思うのがテロリストです。
 現実の世界は、天国でも地獄でもありません。地道に、すこしでも良い状態に近づけようとするしか方法はありません。

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