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2007年12月23日 (日)

9−3 地方

 地方の時代と随分前に耳にしました。しかし、現実には地方の時代はやってきていません。人口十万人以上の都市に住む人々の合計を都市人口といいますが、高度成長の始まった昭和30年には都市人口の割合は全国で1/3程度でした。それが昭和40年代には半分を超えて、現在では七割を超えています。地方の時代でなく、都市の時代です。例えば、近年、北海道では人口が減少していますが、札幌市では逆に増加しています。さらに都市の中でも、ある程度の規模以上の都市の方がそれ以下の規模の都市よりも人口増加傾向にあります。世界でも同様でして、08年には世界中で都市人口がはじめて半分に達するそうです。21世紀は都市の世紀になるでしょう。
 理由は、経済の高度化です。農業は耕地を必要としたため、人口も広く分布していました。その後、工業化がなされると工業地帯に人口は集まりましたが、それでも工業都市を地方に立地するため、人口分散は可能でした。田中角栄元首相が日本列島改造論で唱えたのも地方の工業化による国土の均衡ある発展でした。しかし、いっそう経済が高度化すると脱工業化が起きて、サービス産業が拡大します。サービス産業(第三次産業)で働く人は、今や人口全体の2/3に達しています。サービスとは人が人に提供するものですので、人口が多い方が商売は成り立ちやすくなります。集積が集積を呼ぶのがサービス産業の特徴です。つまり、歴史的にも世界的にも都市化が進んでいます。反面、地方は縮小しています。しかも、この傾向は変化する兆しがありません。
 それでも、なんとか都市と地方との格差を解消しようとの試みが、半世紀以上にわたって繰り返されました。高速道路や新幹線などの全国的な交通網整備が代表的政策でした。しかし、かえって都市との時間距離が縮まって、地方が都市に呑み込まれることもおきました。日本全体としては、何もしなかったよりも地方がさびれるスピードはゆるまったことと思います。ですが、客観的に見ると、戦後の地方振興策は積極的効果を発揮することなく、急激なマイナスを和らげる激変緩和の域を出ませんでした。私の両親の生まれ故郷もいまや完全なる過疎の村です。大人になって、生活を都市に求める人が増えれば、自然と村は高齢化して、ついには過疎化します。都会で子どもが生活し、たまに孫を連れて帰省するのが風物詩であり、過疎とはこんな身近な風景と表裏一体です。
 村や地方が生き残るには、原子力発電所を受け入れたり、別荘地化したりとやむをえない変化を求められます。なつかしい景色が壊れますが、生き残りには犠牲がつきものと割り切るほかありません。さらに、放っておくとその地方の文化も受け継がれることなく、立ち枯れます。経済は仕方がないにしても、できたら地方の文化・風習は現代化してでもなんとか生き残ってもらいたいものです。
 地方文化の継承に地方メディアの役割は重要です。中でも方言は重要な地方文化です。少し話題がそれますが、ローカル局には方言で放送する時間があってもよいと思います。

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