4−7 政治とスキャンダル
政治や行政を舞台にした金銭スキャンダルは毎年のように起こっています。ロッキード事件やリクルート事件など大きなスキャンダルが明らかになると政権が倒れます。田中内閣以降、短命の内閣が多かった理由の一つは金銭スキャンダルです。選挙など政治活動には金がかかります。政治や行政は予算や権限で利権につながるので、不正な金銭の授受が起こる可能性が絶えずあります。
選挙は、収入のないコンサートを開催するようなものです。どちらもポスターやパンフレットを作り、宣伝して、知名度をあげて、いかに多くの人に足を運んでもらうかが勝負です。何万人、何十万人もの人に、コンサートでは会場へ、選挙では投票所に足を運んでもらいます。コンサートはチケット売上で費用を回収しますが、選挙に売上はなく、寄付に頼らざるをえないのが大きな違いです。政治活動は売上なき事業です。積極的に活動をすればするほど人件費などがかかって、赤字は拡大しがちです。政治家はいつもお金に苦労します。
政治家に与野党の違いはありません。与党だけでなく、野党も地元の利権には敏感です。例えば公共事業計画などでは、話をまとめる側の与党政治家よりも野党政治家の方が無理難題を言うことがあります。ですから、金銭スキャンダルを野党が追及すると、実は野党も関係していたことが後で分かることがあります。
与野党の別なくスキャンダルが起きる結果、政治不信が広がります。政治家や官僚が信頼を失った原因の多くは、政策の中身や結果ではなく、スキャンダルです。戦前の日本で軍部が独走した背景にも政治不信がありました。ナチスドイツの勃興も、政争を繰り返す政党への不信が原因の一つでした。政治不信はいつしか危険な政治否定になります。政治の根幹は信頼ではないでしょうか。
選挙で選択したり、政治を考えたりする時には誤りのない情報が必要です。知る権利は民主主義の基本です。しかし、知りたくないようなスキャンダルもあります。クリントンは言語道断ですが、異性のスキャンダルはその一つかもしれません。隠し子騒動などは、あえて掘りおこす必要がないのではと思ったりします。騒がない大人の世論もこなれた民主主義でしょう。フランスでは大統領の隠し子が発覚しても世論はおおらかでした。
ところで、日本には清貧の思想が根強くあります。貧しくても清いのが正しいとされます。しかし、これを政治に押し付けるのは非現実的です。政治は社会の利害調整が役目です。倫理や道徳ではありません。実際に議会では数や派閥が物をいいます。派閥を維持するには金も必要でしょう。また、政治献金は政策要望を実現する現実的な手段です。金銭ですべてが決まるのはまずいですが、適法な範囲なら多額の政治献金すら社会的ダイナミズムの一つでしょう。投票する側の国民も、あまり神経質になりすぎないのが妥当ではないでしょうか。政治否定は危険です。スキャンダルに対しても粘り強く監視するくらいが適当だと思います。
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