5−7 英米法と大陸法
英米法や大陸法という言葉を聞いたことがあるでしょうか。イギリスや、アメリカ、インド、オーストラリアなど旧イギリス植民地における法律の体系が英米法です。他方、ドイツ、フランス、イタリアなどの法体系は大陸法と呼ばれます。近代に入って法制度を整備するにあたり、統一国家であったローマ帝国の法律をモデルにしたのが大陸法です。そのヨーロッパ大陸諸国と比べて、イギリスは近代化以前に法律の全国統一が進んでおり、ローマ法を改めて大々的に取り入れる必要性はありませんでした。結果として、英米法と大陸法の差異が生じるようになりました。英米法と大陸法は、大英帝国とローマ帝国のそれぞれの名残とみることも出来ます。
英米法はコモン・ローとも呼ばれます。地区や階級でばらつきがあった判例・法律(ロー)を国王が12世紀に共通(コモン)にしたことに由来するそうです。コモン・ローでは、裁判所の判例が重要な役割を果たします。議会で定められた条文形式の制定法以外に、過去の判例も裁判の明確な基準になります。ただし、制定法と判例がぶつかった場合は、制定法が優先されます。そのため、近代になり議会による立法領域が広がるにつれて、イギリスでも制定法の比重が高まってきました。他方、大陸法では議会が定める、条文形式の法律が中心です。判例も重視はされますが、英米法に比べるとその効力は格段に下がります。日本は明治に入って、ドイツやフランスの法律を参考に法律を制定したので、大陸法のグループに属します。
ところで、近代とは国家が生活のあらゆる領域に関与するようになった時代です。近代以前は国家のルール以外にも、教会のルールや地域のしきたりが日常生活で大きな役割を果たしていました。例えば、近代以前のヨーロッパでは国家の法律のほか、カソリック教会の定める教会法(カノン法)が結婚などを規定していました。結婚同様に離婚(婚姻無効)も教会法の範疇でした。16世紀に英国王が婚姻無効をローマ教皇に働きかけて、認めらなかった出来事は歴史的に有名です。これをきかっけに、英国王とローマ教皇の対立が深まり、最終的にはイギリス国教会がカソリック教会から独立することになりました。
イスラム社会では、家族に関する法律は今でもイスラム法(シャリーア)に則ります。シャリーアとは民法、刑法、行政法などを含む一つの法体系です。以前より適用範囲が狭まったとはいえ、シャリーアは宗教的かつ社会的なルールとしてイスラムでは現在も重要な役割を果たしています。また、東アジアには伝統的な法体系として律令がありました。
今で言えば、律は刑法に令は行政法にあたります。律令は8世紀頃にアジア全域に広がっていました。日本では大宝律令などが定められました。
日本は大陸法に分類されますが、敗戦でアメリカ法の影響も大きく受けました。いずれの国の法制度も歴史の所産であり、それぞれ独自の色彩を持っています。ただし、歴史的には各国法制も次第に共通化される傾向にあります。国際化はその流れを加速します。
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