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2007年11月19日 (月)

5−9 憲法9条と日米安保条約

 憲法第2章は第9条のみからなります。第2章の章名は「戦争の放棄」です。GHQが憲法草案を検討する途中では、現在の第9条が第1条とされていた段階がありました。それくらいに憲法制定にあたって重視された条文です。第9条の中味は、戦争の放棄と戦力の不保持です。交戦権の否認も教科書などで記載されていますが、交戦権の否認はGHQ内部では場合によっては削除して構わないとの位置づけだったそうです。日本国憲法の特色である平和主義は、前文と第9条に基づきます。しかし、世界の多くの国の憲法でも平和主義を定めているとの調査・分析があります。であるなら、戦力不保持の規定こそ日本国憲法の大きな特徴になります。
 第9条では「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。」とされています。急に不正な侵害があった時は、個人には正当防衛が許されます。これと同じ論理で、国家も自らを守る権利があるはずだから、必要最小限度の戦力を保持することは第9条でも禁じられていないと政府は解釈します。憲法が制定される際は、政府は自衛権を否定していましたが、国際情勢の変化とともに解釈が変わってきました。必要最低限なんていう基準は抽象的ですので、今後も裁量的な解釈が続きそうです。国際情勢の変化に実際の武力水準を合わせた後、解釈変更で追認するのが、第二次大戦後の日本のやり方です。これに反対して、文字通りに憲法を解釈すべきというのが護憲派です。他方、解釈変更で対応せずに正面から憲法を見直そうというのが改憲派です。
 憲法というのは畢竟、国内の縛りです。非常に大雑把な言い方をしますと、諸外国からすれば日本国憲法で戦争放棄をしても、それは日本の自主規制にしか見えません。外国と結んだ条約すら状況によっては破棄されるのが国際政治です。自衛隊と在日米軍による戦力の存在が、諸外国にとっての現実です。また、第9条に関する世論は、万が一、東京湾にミサイルが飛んでくるようなことがあったら、一変してしまうことでしょう。
 日本国憲法は連合国による占領下で制定されました。当時、日本の安全保障を担っていたのは占領軍です。日本の国際社会復帰の段階で、占領軍が在日米軍に名前を変えました。それ以降も引き続き、在日米軍が日本の安全保障に大きな役割を果たしてきました。第9条は制定以来ずっと米軍の存在を暗黙の前提にしています。この在日米軍の法的裏付けが日米安全保障条約です。日米安全保障条約こそ、日本と国際社会の関係を体現するものです。したがって、個人的には第9条について検討するよりも日米安全保障条約について検討する方が本質的だと考えます。
 第9条を改正して、自衛隊を軍隊にすれば、日本の軍事力は自由度が増すでしょう。しかし、アメリカの世界戦略に変化がなければ、日本国憲法を改正したところで、米軍が日本に駐留する状況は変わらないと予想します。第二次大戦の敗戦国に戦勝国の軍隊が駐留する姿のままです。日米安全保障条約と在日米軍駐留の継続を前提にするなら、第9条を改正したところで、日本の安全保障に本質的変化はないでしょう。

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