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2007年11月20日 (火)

5−10 軍事裁判と国際秩序

 国連憲章などで戦争(武力行使)は原則として違法とされています。ただし、自衛のための武力行使や国連が認めた武力行使は例外です。原則として違法な武力行使ですが、それでも交戦国には守るべきルールがあります。戦争だからといって何でもして良いわけではありません。捕虜は適正に扱わねばなりませんし、毒を兵器に使ってもなりませんし、武器は公然と持たねばなりません等々です。ハーグ陸戦条約やジュネーブ条約が戦争のルール(戦時国際法)として有名です。正々堂々と闘いましょうというのが戦時国際法のエッセンスです。
 これらの戦時国際法に違反する行為を元々は戦争犯罪と言いました。そこに、第二次大戦直後の国際軍事裁判で、平和に対する罪と人道に対する罪が加わりました。第一次大戦直後も国際軍事裁判はドイツ皇帝を被告人として開かれそうになりましたが、皇帝の亡命先が身柄引渡しを拒否したため、結局開かれませんでした。ちなみに、その時は日本も裁判を開こうとした戦勝五カ国のうちの一つでした。
 よく耳にするA級戦犯とは、第二次大戦後に新たに定義された平和に対する罪で有罪とされた人々です。これに対してB・C級の戦犯は、捕虜を適正に扱わないなど、元からある戦争犯罪で有罪とされた人々です。AからCは等級ではないので、A級戦犯が一番重い犯罪なわけではありません。東京裁判(極東国際軍事裁判)は東京で開催され、A級戦犯を裁きました。B・C級裁判は日本だけでなく中国やマレーシアでも開かれました。歴史的に多くの軍事裁判がずさんに開かれたそうですが、日本のB・C級戦犯もかなりずさんに裁かれ、無実の罪を背負わされた人々が多くいたそうです。
 軍事裁判とは勝者が敗者を裁く場です。この点では、ドイツに対するニュルンベルク裁判も、日本に対する東京裁判も同じです。東京裁判で判事を務めたインドのパル判事は、裁判の公平に照らして、A級戦犯に問われた被告人全員の無罪を主張しました。また、東京裁判に対しては、平和に対する罪は当時の国際法では確立していなかったので、犯罪の後に刑罰を作ってはいけないという趣旨の「罪刑法定主義」や「法の不遡及」に反するとの指摘がなされることもあります。
 デモクラシーでは、街を支配していたならず者を倒した保安官は、この機会にならず者に復讐しようとする民衆から、ならず者を守るのが役割です。その上で、ならず者に対して法に基づく公正な裁判が開かれるべきです。国際軍事裁判も本来は結論ありきの復讐でなく、公平かつ公正な裁判であるべきでしょう。しかし、戦争は勝者にも多大の犠牲を強います。実際には、国際社会の感情を整理する役割も国際軍事裁判は果たさなければなりません。デモクラシーに反するかもしれませんが、これが現実の国際秩序です。パル判事の説は正論ですが、力が伴わない正論は影響を持ちません。国際秩序とは勝者が作るパワーバランスです。敗者はこのバランスに参加するか、再び挑戦するかを損得で考えます。

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