« 1−1 パンとサーカス | トップページ | 1−3 日本発見 »

2007年10月 2日 (火)

1−2 日本文化=いき?

 外国人がイメージする日本文化は、まだフジヤマ、ゲイシャ、加えてお茶、お花などでしょうか。最近でこそ、和食の広がりなどとともに、様々な面で日本文化も広まりつつありますが、まだまだ画一的なイメージを持たれがちです。というか、どこの国もイメージは単純化されるものです。
 理由は、外国との接する機会の問題でしょう。国際社会と言われて久しいですが、海外を相手にするビジネスマンなどを除くと、どこの国でも普通の人はあまり外国や外国人とダイレクトに接しないものです。教育の普及に伴い、世界的に外国語を習ったことがある人の割合が増えているとはいえ、実際に外国語を使って生活する人は限られています。外国語を話す人が多い国は、大国に囲まれた小国に多かったり、旧植民地の歴史を持つ国だったりします。
 外国人だけでなく、日本人が日本文化、特に過去の日本文化に持っているイメージも結構、偏ったものです。日本文化=「いき」などと単純化されることがありますが、いきというのは江戸文化の一つの特徴にしかすぎません。水戸黄門や大岡越前など、テレビで放送される時代劇の舞台はほとんどが江戸時代です。そんなせいもあって、現代の日本人にとっても江戸時代が古い日本のイメージになりがちです。江戸時代のイメージが強かったのは幕末も同じでして、鎖国が日本古来の制度と広く信じられていたそうです。260年にも及ぶ長い太平の世は世界史的にも極めて稀ですので、日本の特徴には違いありません。
 ところで、千利休と豊臣秀吉に朝顔をめぐるエピソードがあります。ある時、利休の庭一面に咲く朝顔が評判になったそうです。秀吉はそれを聞きつけて、利休に訪問を告げました。実際に秀吉が利休の庭を訪れてみると、朝顔は一つもなく、かわりに見事な一輪の朝顔が茶室に生けられていました。これこそ利休のもてなしの心だとか、これぞわびさびだとか解釈されたりします。でも、庭一面に咲く朝顔には、茶室に生けられた一輪の朝顔とは全く別の素晴らしさがあります。どちらがすぐれているというわけではありません。
 秀吉は茶会や花見をヨーロッパの舞踏会のような野外エンターテインメントに仕立てた演出家でもありました。安土城や聚楽第に象徴される戦国文化を一言であらわせば絢爛豪華です。また、雨風により今では渋い色彩になった寺社仏閣も、奈良時代は鮮やかな朱色で彩られていました。徳川時代は自由よりも安定が尊ばれた社会です。その結果、質素倹約が奨励され、開放感や彩さが薄れたにすぎません。
 古代エジプトの遺跡にも「最近の若者は・・・」と書かれているそうです。でも、そう言うほうも案外、昔のことを知らなかったりします。一口に日本人と言っても戦国時代と江戸時代とでは考え方が大分違います。見方によっては、明治の人は戦国時代の人に、戦後の人は江戸時代の人に近いかもしれません。時代の空気が、その時々の人々の振る舞いにも文化にも影響を与えます。

« 1−1 パンとサーカス | トップページ | 1−3 日本発見 »

「文化・芸術」カテゴリの記事