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2007年10月18日 (木)

2−8 コミュニケーションの範囲

 通信の範囲は、時間を共有する範囲です。訪れたことのない場所の知らない人とであっても、アマチュア無線やインターネットによりコミュニケーションできれば、お互いの意思は通じます。月と地球との間でも、通信さえ出来れば、同じ時間を過ごすことが可能です。(本当は光の届く時間だけ1.5秒くらいの差はでますが。)戦国時代は、情報は飛脚で伝わりました。例えば、京都の政変が鹿児島に伝わるには数日を要しました。19世紀に通信技術は進み、20世紀に海底ケーブルや衛星通信が広まると、地球上は同じ時間を共有するように変わりました。未来に人類が宇宙ステーションで生活しても、通信さえ可能なら時間の共有は可能です。
 放送の範囲は、日常を共有する範囲でしょう。通信と違って、放送の範囲は各国によって限定されています。また、国内でも地域によって、番組編成が異なっています。日本の放送は県域による免許制度で発達してきたため、ローカル色が比較的強い特色を持ちます。同じ時間に同一の言語で報道に接したり、歌番組やお笑い番組を見たりすれば、日々の生活を共有している気分になります。学校や職場で昨日のテレビを話題にするのは、日常が共有されている証拠です。社会的影響の大きさから、放送は国家により規制され続けています。周波数の有限希少性も無線放送では当然の規制理由ですが、有線放送に同じような規制を課す理由は、電波の問題でなく、社会的影響力からです。
 他方、財政の範囲とは相互扶助の範囲ではないでしょうか。東京は経済の中心なので、税収も自然と多くなります。日本では、その税収を地方交付税という制度や公共事業によって、田舎に再配分しています。大都市から配分される資金がなければ、田舎では公的サービスが十分に提供されず、人々のくらしは成り立ちません。再配分の仕組みがある理由は、同じ国だから、同じ国民だからです。外国だったら、かわいそうだと思っても可能な範囲の支援をODAでするだけです。江戸時代は隣の藩が飢えても、よその藩はよその藩という姿勢で助けなかったそうです。そもそも、藩は「くに」と呼ばれていたので、隣の藩は今の感覚なら外国のようなものだったでしょう。幕藩体制とはシビアな制度でした。
 財政とは国家の根幹です。政府は国家としての一体性を保つためには、大都市から地方への所得移転を一定量、続けなければなりません。放送の範囲は国の範囲とかつては同じでした。放送には、国民が同じ言語や文化を保持する効果があります。しかし、財政の範囲も放送の範囲もその意味が変化してきています。
 EUは国家の共同体です。財政基準があり、緩やかに財政的一体性を持っています。昔から国家の顔と表現される通貨すら共有しています。放送は多チャンネル化が進み、隣国の放送が衛星などで視聴可能です。国家と密接不可分な財政や放送がEUでは変化しつつあります。ITが加速する国際化により、早晩、世界もEUと同じく財政や放送の機能を見直し始めるでしょう。個人的には、最後まで国が関与すべき放送は教育放送だけではないかと思います。

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