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2007年10月 9日 (火)

1−9 表現の寿命

 世界的に音楽が売れていません。アメリカでは、数十年のキャリアをもつアーチストがコンサート動員の上位を占めるなど、古い世代の活躍が目につきます。世紀が変わるしばらく前から、ロックというかポップミュージックは勢いがなくなったと私自身は思っています。好みもあるでしょうが、表現としてとんがっていなくなった気がします。幾度となくロックは死んだと言われてきましたが、最近の有様はそんなにカッコよくありません。だんだんとしぼんできている印象です。
 ジャズも100年前は、一番売れる音楽ジャンルでした。クラッシックも、モーツアルトの時代は流行の先端だったと思います。どちらも社会的影響は未だに大きいです。ただ、時代をえぐる力はないと思います。えぐる力がなくなると伝統芸能に近づきます。ロックも50年たって伝統芸能化してきたのだと思います。
 落語は歴史も伝統もある素晴らしいエンターテインメントでしょう。ただし、同時代感では、お笑いに遠く及びません。最近、携帯で小説を連載する携帯小説というジャンルが若い人を惹き付けています。プロの作家の小説が売れない中、普通の人がいきなりベストセラー作家になっています。携帯小説家の文章は、プロの作家の文章力には及ばないかもしれません。でも、若い人に訴えかけたり、時代をえぐったりする力があるのだと思います。
 日本ではマンガもゲームもピークの勢いがなくなりかけています。携帯電話に押されていることは事実ですが、映画、テレビ、マンガ、アニメ、ゲームと続いた戦後のポップカルチャーは、全て、元気がなくなりつつあります。表現は時代の香りや色気が出るものです。表現そのものも歳をとることがあるのでしょう。社会が変われば表現の寿命も尽きると思います。
 ここ数年、コンテンツ政策という掛け声のもと、人材育成やファイナンスの大切さが政府により提言されてきました。でも、具体的施策で解決できることは限られていると感じます。残念ながら、施策をめぐらしても本物のムーブメントは出てきません。ビートルズもピストルズも誰かが狙って当てたのではなく、時代のうねりが創ったものです。
 ビートルズはそれ以前の価値観に反抗する世代が生み出しました。パンクも同様に価値観をひっくり返そうというダイナミズムと一緒にまき起こりました。ロックそれ自体は、白人音楽と黒人音楽との融合の産物です。歴史上も人の流れや物の流れが交差するところでは、新しい文化が生まれました。混ざり合って、圧力が加わると、化学反応がおこります。そのはじける力がムーブメントです。
 ある程度の制限や抑圧が、自由な新しい表現を生み出すことにつながることがあります。政府の圧力が少しあるくらいが反発する力は生まれるのかもしれません。ストレスのない社会は望ましいのですが、やっぱり、のほほんとした社会では駄目でしょうね。

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