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2007年10月 1日 (月)

1−1 パンとサーカス

 ローマ時代の言葉に「パンとサーカス」があります。国に欠くことができない事柄を短く表した言葉です。パンは食料の例で、サーカスは娯楽の例です。胃袋が満たされ、エンターテインメントを楽しめれば、まあ、世の中は平穏で、王様は安泰だという意味でしょう。味のある言葉です。
 明治の日本は、富国強兵がスローガンでした。戦後は強兵がなくなって、富国が所得倍増や高度成長と言いかえられました。そのあと昭和も終わりには、政府の目標は生活大国になりました。明治と比べて、あいまいなスローガンです。その頃から、明確な国家目標はなくなったのだと思います。
 21世紀になると、コンテンツ立国と耳にするようになりました。コンテンツとは音楽、絵画、文章、映像などをさす総称です。内容という意味で使われます。内容をことさら意識をするようになったのは、モノと内容である情報とが別々になってきたからです。映画の予告編は、映画館でもテレビでもパソコンでも携帯電話でも見られるようになりました。デジタル技術により、一つの情報を色々な機器で表現することが可能になった例です。
 また、インターネットにより、色々な機器に向けて、内容である情報を手軽に送れるようになりました。以前なら、音楽はレコードやCDといった器に記録されて、一体として売られていました。ジャケットがあって、ビニールでパッケージされている姿です。それが今や、回線を通してパソコンや携帯電話に取り込んで、楽しむように変わりました。モノの流通は必要ありません。でも、ジャケットがなくなってしまったら寂しいですね。
 歴史を振り返ってみると、紙が生産され、文字で記録する文化が広がりました。油絵の具によって、絵画の技法は拡大しました。活版印刷が発明されて、書物を手にする機会が飛躍的に増えました。デジタル技術やインターネットが特別なのではなく、芸術や文化はいつの時代も技術進歩の影響を大きく受けてきました。これからも変わらず、技術の影響を受けて行くでしょう。
 コンテンツや作品は、その当時の技術水準を無意識に体現しています。例えば、テレビゲームには映像処理の技術水準が現れます。また、社会の雰囲気にも大きく影響されます。司馬遼太郎さんの「竜馬が行く」は60年代の伸びやかな時代背景にマッチした新聞連載小説でした。70年代は、アニメの背景に放射能や公害を描かれたりしました。力強い作品が流行する時は、それが広がる社会背景があります。退廃した雰囲気の作品が流行する時もそれなりの社会的な理由があります。コンテンツや作品は、時代の色を写します。同時に、声なき声を刻みます。
 明治以来、日本はパンに重きがおかれた社会でした。世界に追いつくことを目標とすると、そういう性格になるのでしょう。しかし、キャッチアップの時代はとうに過ぎ去っています。ローマのようにそろそろ、パンとサーカスの両方をバランスよく語る時代です。

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