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2007年10月 6日 (土)

1-6 ずっとコミュニケーション

 昭和のメディアでは、前半はラジオが、後半はテレビが主役でした。新聞も雑誌も強い影響力と持ちますが、時間を共有する力では放送メディアにかないません。昭和20年8月15日は玉音放送とともに日本人の歴史になっています。個人的には20世紀に最も影響の大きかった発明は、原子力でも宇宙飛行でもなく、放送、特にテレビだと思います。
 平成のメディアといえば携帯電話とインターネットです。携帯電話の普及により仕事でもプライベートでもコミュニケーションは大きく変わりました。また、インターネットが普及して、だれもが世界に向けて情報を簡単に発信することが出来るようになりました。昭和のメディアは一方通行ですが、平成のメディアは双方向が特徴です。
 携帯電話とインターネットの普及と軌を一にして、CDやマンガの売上は減少を始めました。一日は24時間ですし、財布の中味も有限です。一人ひとりの消費量は限られているので、あるものが増えれば、その分何かが減ります。テレビゲームが拡大した影響によって他のコンテンツ消費が減少したように見える時期などが、これまでにもありました。コンテンツ内で時間や財布の取り合いが生じた現象です。ただし、最近のように、(エンターテインメント)コンテンツが全体的に伸び悩むことはありませんでした。コンテンツ消費の主役だった子どもの減少だけでは説明がつかない状況です。どうやら、コミュニケーションがコンテンツを押しのけたようです。コミュニケーションが最も魅力的なコンテンツ、いわゆるキラーコンテンツに躍り出ました。
 背景には、携帯大国、日本の事情があります。日本の携帯電話は通話やメールだけでなく、時にゲーム機にも音楽プレーヤーにも財布にもなったりします。i-modeのような携帯コンテンツが世界で最も成功した国でもあります。これについて、日本の携帯電話利用は特別で、独自の文化を生み出しているとの説明を耳にしたことがあります。しかし、世界各国の状況を眺めてみると確実に差は縮まっています。日本は先駆けただけでしょう。既に、欧米でもアジアでも、若い人の生活と携帯電話は切っても切れない関係になってきました。ものごごろがついた時から携帯に接している世代が世界中で広がっています。
 音楽を聞いたり文学を読んだりと、人はコンテンツを一人で楽しんでいるように見えます。でも本当は、時間と空間を超えて、演奏家や作家といった創り手とコミュニケーションしているのではないでしょうか。プリンスというアーティストは、聴き手とコミュニケーションするために、音楽を創造していると発言していました。また、創作することにより、自分の内面と対話していることもあります。携帯電話で家族や友達と会話するのも、CDを聞いたり、マンガを読んだりするのも広い意味ではコミュニケーションでしょう。技術の進歩が双方向のコミュニケーションを可能にしたので、近年はその領域の割合が高まりました。現在も過去も未来も、人が求めるのは結局のところ、コミュニケーションだと思います。私もこの文章を書くことでコミュニケーションしようとしています。

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