2−3 たいらになる地球
インターネットのインターという部分は、あいだとか相互とかいう意味です。ネットワークの間やネットワーク相互くらいが、インターネットのそもそもの語感です。大学や研究機関の小さなネットワークがつながり、大きくなったのがインターネットの生い立ちです。時間が経過するにつれ、どんどんとネットワークやコンピューターが接続されて、世界的な網の目になりました。
インターネットの本質はつながることです。つながると境目はあいまいになります。その最たるものが、国の境目が薄らぐ、国際化でしょう。インターネットが普及すると自然と国際化も進みます。ただし、つながっても本質的な違いは残ります。同時にそれほどでもない違いはなくなっていきます。
日本では明治になって、地域の個性は薄らぎました。中央集権になったせいもありますが、一番の理由は近代化です。近代化とは便利さが行き渡ることです。便利さは、弱い個性を呑み込みます。戦後になって、この傾向は一層進みました。なにも日本だけのことではありません。アメリカでもヨーロッパでも国内は画一的になってきました。同時に世界も画一的になっていきました。今後、インターネットの普及で、地域や業界のルールは国際的なルールに一層、呑み込まれます。つながることの結果であり、近代化の宿命です。便利さが地球をたいらかにします。
だれしも、従来のやり方には愛着があります。それを否定するような異物には反感を感じます。それが外国からのものだと余計にそう思うでしょう。インターネットやITによる国際化に反対したり、グローバル・スタンダード(世界基準)に反発したりするのは無理もないことです。ただし、技術進歩を受け入れないなら、取り残される覚悟は必要です。
最近、シリコンバレーで働く技術者の半分が、中国人とインド人になったと聞きました。世界人口の1/3を占める両国をインターネットが世界先端の研究開発地域に紐づけました。中国でもインドでもまだ国内は、インターネットによる自由を十分に享受していないでしょう。それでも、技術者を通じて便利さはじわじわと広がります。
急激な近代化は社会に困惑や葛藤をもたらします。日本は明治以来、百数十年をかけて気持ちの整理をしてきました。価値観のぶつかり合いが、時として素晴らしい文学作品に結実しました。中国であれ、インドであれ、日本が百数十年かけてしてきたことを十数年でしなければならない境遇でしょう。大変な駆け足ですし、摩擦は大きいと思います。
ブロードバンド(高速回線)の普及により、インターネット社会に真っ先に突入したのは韓国でした。インターネットによる最先端の習慣と伝統的な価値とのはざまに、今の韓国社会はあります。敏感な層で真っ先に顕著な変化が起きるでしょう。結果、女性と子どもから新しい波が現れると思います。明治の日本で与謝野晶子などが体現したものです。社会の困惑や葛藤を見事に描く、若い女性作家が韓国に出てくる気がします。
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