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2007年10月

2007年10月30日 (火)

3−10 アメリカ経済

 アメリカの生産額は世界の3割を占めます。EU全体と同じ規模です。日本は一割強です。第二次世界大戦以降ずっと、アメリカは圧倒的な経済大国です。70、80年代はアメリカ経済のかげりが指摘されましたが、日本が停滞した90年代に、情報通信などを牽引役として華々しい成長を遂げました。
 アメリカは生まれながらの市場経済国です。経済には市場の論理が徹底されています。あくまでも会社は儲けたり、稼いだりするための器です。日本と比べて、生活共同体としての会社の役割は低いです。会社の所有者たる株主も配当や企業成長をシビアに求めて、自己の利益を強く主張します。会社は単なる器ですから、器同士を合併させたり、売買したりすることは問題解決の普通の方法です。また、巨大企業の倒産に際しては、日本ではすぐに政府による救済の話になりますが、アメリカでは破産制度を用いて再建することがよく見られます。倒産すら経済原則に則り、効率的に処理します。
 組織内の機能を十分高めるために、分業化が進んでいることも特徴です。日本のようにサラリーマンの最後のポストが取締役ではありません。アメリカでは経営を担う取締役と、雇われているサラリーマンとは、異なる次元の職階です。職業が弁護士や会計士というのと同じ意味で、社長が職業というのがぴったりくる人がたくさんいます。勤めあげた最後に社長になるわけではないですから、40代後半のトップは巨大企業でも頻繁に見かけます。実績を上げる経営者は引っ張りだこなので、日本と比較して大変高額な収入を得ます。財務担当や法務担当が専門職として確立し、会計士や弁護士に活躍する場が多いのも分業化の結果でしょう。
 専門職は組織が変わってもやっていけるので、人材の移動は活発です。アメリカでは大学教員の移動すら頻繁です。ビジネスだけでなく、学術などあらゆる分野で競争が激しく、評価と報酬が密接しています。流動性が高いため、意外かもしれませんが、アメリカではコネが非常に大切です。組織と組織の関係でなく、個人と個人の関係が重視される結果です。また、専門性を証明するには学位も重要になりますから学歴が尊重されます。他方、普通の労働者は労働者で、しっかりと自己主張をするので組合やユニオンも強くなります。
 アメリカ経済は、効率を追求し、成果を重視します。すばらしい成果を修めれば、誰でも高い地位と報酬を手に出来るダイナミックなシステムです。また、成功は能力の証に見られがちですし、成功者が高く尊敬される社会です。裏を返せば、成功してない人には窮屈な社会です。日本みたいに不成功を不運のせいにできるくらいの方が、大多数の人にとっては暮らしやすいと個人的には思います。
 アメリカ経済の非効率な面を挙げるなら、貧困層の固定化傾向です。競争による結果としての格差は不公平ではありませんが、競争に参加できず、貧困から抜け出せないのでは不平等です。加えて、人材活用からみても非効率です。貧困層固定化は社会の不安定化にもつながります。効率重視のアメリカで、リベラルな民主党が政権を時々担うのは、効率社会における公平配慮のバランスからだと考えます。

2007年10月29日 (月)

3−9 中国経済

 中国経済が目覚ましく発展しています。IMFという国際機関の資料によれば、フランスやイタリアと同じくらいの経済規模です。だいたい世界の5、6位に位置しており、世界経済2位である日本の四割くらいの経済規模です。中国の貿易額は世界の6〜7%に達し、既に日本を上回っています。日本経済との関係も深く、日本にとっての最大の輸入元ですし、第二位の輸出先です。
 中国は社会主義経済を建前としていますが、市場経済が導入されて既に30年以上が経っています。80年代以降に政治的混乱が減ったことも経済成長の大きな背景にあります。中国経済の武器は世界最大の人口であり、豊富な低賃金労働力です。将来の市場成長を期待して、諸外国が積極的に中国経済に投資していることも重大な成長要因です。日本の10倍以上の人口ですから、一人当たり生産額が日本の1/10になれば、同じ経済規模になります。世界第二の経済大国になる可能性は大いにあります。
 ところで、90年代前半まで、韓国、台湾をはじめとするアジア諸国の経済成長が注目を集めました。アジア諸国の経済成長も現在の中国同様に目覚ましいものでしたが、90年代後半から注目度合いが減りました。経済学では、人口増加、資本(設備)増加、技術進歩の三つを経済成長の要因に挙げます。教育が普及すると、付加価値の高い産業で働くことの出来る近代的労働力が増加します。また、工場などの設備増強は国際機関や外国の資金によって、まかなうことが可能です。アジア諸国は労働力人口増加と資本増加を主たる要因として経済発展しました。しかし、技術進歩は不十分でしたので成長の壁にあたりました。そんな中で、90年代に経済不安が生じて、通貨危機が発生しました。通貨危機後の韓国などは、情報通信をはじめとする先端技術による経済成長に路線を変更しました。中国の経済成長も、人口と資本のみが成長要因なら、必ず壁にあたります。長期の経済成長を実現し、一人当たりの生産額が伸びるかどうかは技術進歩の多寡にかかっています。技術進歩が小さければ、以前のアジア諸国と同じように経済の信用が一気に下落することが起こりえます。
 ところで、中国で産業革命が最初に起きた可能性があったと分析する歴史家がいます。しかも二千年前に起こりえたとの説です。そんな昔までさかのぼらなくても、20世紀前半の上海は、アジア最大の都市でした。中国経済の潜在的可能性は昔から高かったのです。しかし、経済が長きにわたって発展するか否かは、最終的には労働意識(エートス)にかかっています。労働を美徳とするキリスト教の考え方が資本主義の成立に不可欠だったとの理論に基づく分析です。その理論では、労働それ自体を美徳とする社会でないと経済発展は持続しません。勤労意識が文化や社会に根ざしているかが、五十年先も中国経済が発展しているかどうかのポイントでしょう。アダム・スミスは経済学を作ったとされる学者です。そのアダム・スミスは、もとは道徳哲学の教授でした。経済を広く長く考える時、社会意識や道徳の与える影響があらためてクローズアップされます。

2007年10月28日 (日)

3−8 効率と公平

 日本経済との比較にはアメリカ経済が取り上げられます。アメリカは世界最大の経済大国ですし、アメリカ留学経験者が日本には多いので比較しやすいせいもあるでしょう。しかし、もう一つの巨大経済圏であるヨーロッパを比較に加える方が客観的です。日本の街もヨーロッパの街も車が普及する前に出来上がりました。車がなくても生活できる街並みでした。他方、アメリカの街の多くは車の普及と共に出来上がりました。車がないと生活できません。社会と経済の関係も日欧とアメリカでは異なります。産業革命がおこり、市場経済が発達したのはこの数世紀です。当然ですが、日本もヨーロッパも市場経済が発達する前から存在する古い社会です。他方、アメリカは市場経済の発達とともに国が成長しました。アメリカは生まれながらの資本主義社会です。ヨーロッパや日本とは違います。
 資本主義の特徴は、競争による効率的な市場経済です。資本主義社会であるアメリカは効率を特に重視します。日本やヨーロッパは公平にも重きをおきます。ヨーロッパは、資本主義によって拡大した不平等への反省から社会主義も生み出しました。初期の社会主義には貧民救済をはじめとしてキリスト教の影響が色濃く見られます。社会主義は公平を最重視し、経済を大幅に規制する体制です。現在のヨーロッパ経済にも、職業の免許制や労働時間の制限など、アメリカ経済と比較して多くの規制があります。日本経済と比べてもヨーロッパ経済は色んな面で規制が多いでしょう。昔からある暮らし方に合致するよう、経済に枠をはめている印象です。
 世界で最も成功した社会主義国と日本が評されたことがありました。平等な社会を指しての比喩です。例えば、談合により競争を避け、ある程度の平等を保とうとするやり方です。競争すれば差が生まれます。福沢諭吉が経済書の翻訳にあたって、競争という訳語を生み出しました。幕府の役人は福沢に「争うという字は穏やかでない。西洋の流儀はキツイものだ。」と言ったそうです。戦国を否定し、太平をむねとする幕府の役人がいかにもしそうな発言です。いつの時代も、現状を変えたくない人は競争を嫌います。
 時々、ニュースでグローバリズムと耳にします。元々は国際化くらいが語感でしたが、アメリカ型経済の浸透を指すことが多くなりました。グローバリズムにヨーロッパや日本は反感を覚えがちです。日本の経済社会はアメリカ型よりもずっとヨーロッパ型に近いので、ヨーロッパと似た反応が多く見られます。公平や伝統をないがしろにしてはいけないとの認識が両者にはあるようです。ただし、効率と公平は相反するものではありません。効率的に生産した後に、公平に配慮して再分配することは理論上可能です。理論上はそうだが、失業手当をもらうよりも失業対策の公共事業で働く方が社会としては健全だろうと、以前は私も考えていました。しかし、低成長経済になり、経済も国際化し、競争が激化する中、悠長なことを言っている余裕がなくなってきました。穏やかでなかろうが、キツかろうが、争わざるを得ない効率重視の社会に日本もかわりつつあります。そうでなければ、国として生き残るのが難しくなってきました。

2007年10月27日 (土)

3−7 貿易赤字

 赤字は企業であれ、家計であれ困った状況です。しかし、貿易の話になるとちょっと意味が変わります。貿易とは輸出と輸入です。輸出は海外への売上なので、個別企業にとってはプラスの現象です。しかし、輸入も原料や海外の便利な商品が入ってくるのですから、国内の消費者や加工業者にとってはプラスです。国全体で輸出よりも輸入が多いのが貿易赤字です。国内の貿易赤字は外国にとっては貿易黒字です。黒字を手にした国は、海外の株や不動産につぎこむことになります。たとえば、日本国内に投資を受けることは見方を変えると、外国に資産を買われることです。アメリカであれ、日本であれ、ヨーロッパであれ、外国に土地などの資産を買われることには反発が見られます。しかし、高い値をつける買い手は売り手にとっては悪くありません。いやなら、国内の買い手に安く買ってもらうか、売らないほかないでしょう。
 アメリカは世界最大の経済大国であり、有名な貿易赤字国です。世界経済に君臨していた頃のイギリスもずっと貿易赤字でした。貿易赤字であることと国力は別問題です。国内貿易で考えれば、東京もニューヨークも国内貿易赤字です。ですが、東京もニューヨークも別に困っていません。アメリカの貿易赤字が問題だとの指摘は数十年前からあります。でも、貿易赤字にも関わらす、アメリカはずっと経済大国の地位にいます。アメリカの貿易赤字はアメリカGDPの1~2%の間です。イギリスやカナダやオーストラリアと同じか低いくらいです。国際的にはよくある水準です。
 輸出が多ければよいというわけではありません。輸出も輸入も重要度は同じです。特に資源が少ない日本にとっては、資源を輸入できる貿易体制は不可欠です。第二次世界大戦の原因の一つは資源輸入の先細りでした。対照的に、自由貿易のおかげで戦後日本は経済成長を謳歌しました。戦後の自由貿易体制で最も得した国は日本でしょう。自由貿易に総論で反対する人はまずいませんし、国もほとんどありません。しかし、一部の物品については何かしらの理由をつけて例外扱いしたがるのが常です。競争力のない農産物や工業製品を保護しようとするのは、どの国も同じです。特定業界が保護貿易で利益を受けることは十分にあります。しかし、段階的であっても自由貿易に向かうのが世界的には好ましい流れです。
 戦前の植民地経営は赤字だったそうです。発展途上の地域では、交通や通信などの社会基盤を整備しなければなりません。資源や農産物からの収益よりも、長い間、社会基盤整備などの費用の方がかさみます。そして、投資が回収出来る頃になると、社会も豊かになり、現地の人々の独立心も高まります。生存圏や生命線という、よくわからない考えが唱えられ、それにそって植民地獲得に乗り出す歴史が各国で繰り返されました。しかし、植民地経営が長期でうまくいった試しはありません。道徳的観点からでなく、損得勘定で考えても植民地獲得はマイナスでした。他方、貿易は道義的にも、お互いの国の利害でもマイナスではありません。したがって、貿易交渉はたとえ困難であっても、その意義は決して低くありません。

2007年10月26日 (金)

3−6 財政赤字

 日本の財政は危機的状況です。危機的状況といわれてから随分と時間がたちました。国が一年間で生産する富をGDPといいます。日本のGDPは約500兆円ですが、国と地方を合計した公的部門全体の借金は、その二倍の約1000兆円になります。国民一人当たりの負担も1000万円に迫る勢いです。先進各国と比較して最悪の状況です。理由は簡単でして、税金による国家収入よりも国家支出が多いからです。赤字を埋め合わせるための国債を赤字国債といいますが、この赤字国債を発行するようになってから既に40年以上がたっています。
 バブル経済が華やかだった頃は、税収も増加したので、国が借金に依存する度合いも少なくなっていました。しかし、バブルが崩壊し、税収が減った上、景気対策として公共事業を拡大したので、借金は一気に膨らむことになりました。借金してでも目の前の貧乏を乗り切ろうとする姿勢でした。経済政策としては決して誤りではありませんが、つけを将来に残すことになりますし、経済の体質改善をほったらかしにしたままでした。
 収入があって、支出をして、足りなければ借金するのですから、国もやりくりでは企業や家計と基本的に同じです。違うところは、自分のことよりも経済全体に配慮しなければならない点です。借金を返すには、収入を増やすか支出を減らすかです。企業なら売上を増やすか、リストラするかですし、家庭なら給料を増やすか、節約するかです。これ以外の方法として荒っぽいですが、借金棒引きや踏み倒しが考えられます。例えば、経営危機の企業に対して銀行が債務の免除(平たく言うと借金棒引き)をすることがあります。踏み倒しっていうのは一見難しそうですが、企業が倒産して借りた金を返さないのは踏み倒したのと同じです。歴史的には、徳政令などで借金を棒引きした例はありますが、これは経済を混乱させただけですので参考になりません。財政赤字を回復するために、国が借金棒引きや踏み倒しをするなんて、本末転倒です。基本は収入を増やすか、支出を減らすかです。
 高齢化社会が進むほど、医療や年金など福祉関係予算は膨らみます。それに応じるために、消費税を上げることは最も現実的な選択です。消費税の特徴は薄く広く税金がかかる点です。しかし、国や地方はまだまだリストラや節約が可能です。公的な予算や組織は目的が正当ならば、ずっと維持される性格のものです。結果として、誰も手を付けない聖域が生まれやすく、聖域は同時に非効率、無駄をもたらします。だから、いつでも行政改革は可能です。つねにダイエットをしないと公的機関はすぐに太ります。
 国が借金を棒引きにしたウルトラCとして、インフレによる赤字解消がありました。第二次大戦で日本は多額の戦時国債を発行しましたが、戦後のインフレにより国債は紙くずになりました。国債金利がインフレに連動しない限り、インフレは国債価値を下げるので財政赤字の回復に貢献します。しかし、これでは国を信じて国債を買った人を裏切ることになります。財政赤字解消に特効薬はありません。普段からの体質改善あるのみです。

2007年10月25日 (木)

3−5 不良債権処理

 90年代後半から日本経済は不良債権処理に悩まされ続けました。小泉政権の最大成果は不良債権処理だったと思います。不良債権とは、戻ってくる見込みがなくなった銀行貸付です。円高対策などで金融が緩められ、金余りが生じてバブル経済が発生しました。バブル経済では、銀行は土地を担保に企業に金をどんどん貸しました。しかも、土地はずっと値上がりすると妄信されていたので、担保の基準も大変ゆるいものでした。振り返るとおかしな時代でしたが、当事は大多数の人が違和感を覚えないくらいに感覚が麻痺していました。しかし、多くの借りられた金はゴルフ場やリゾートの開発など意味のない投資につぎ込まれました。バブルがはじけ地価が下落すると、借金の山が残っただけでした。
 不良債権処理では、貸した金が返ってこない場合に備えて、銀行は金を積み立てます。実際に貸した金が返ってこない時に、積み立てた金をあてがう形です。不況が長引くと倒産の危険が広がるので、金を積み立てた(引き当てた)そばから、新たな不良債権が発生します。返ってこない金が増え続ける限り、銀行の不良債権処理は終わりません。90年代後半は、大銀行を含むいくつもの銀行が不良債権処理に失敗し、経営が破綻しました。中小企業への貸し渋りが発生するなど、多くの銀行が貸し出しに慎重になり、不況が不況を生むマイナス連鎖でした。
 日本のバブル経済前に、アメリカや北欧諸国でも不良債権処理に四苦八苦した経験がありました。アメリカや北欧諸国の経験から、長引けば長引くほど、不良債権処理は困難になることが専門家から指摘されていました。しかし、景気が回復すれば貸した金は返ってくるはずとの淡い期待により、不良債権処理は先延ばしにされ続けました。情報を開示させてかえって不安が広がらないかとか、税金をつぎ込んでも無駄になるのではないかと政治家や官僚もびくびくして、抜本的な対策は講じられませんでした。税金がつぎ込まれると辞めさせられるかもしれない銀行経営者も公的処理に反対しました。私自身、景気回復によって、不良債権問題も軟着陸できるのなら、それがベターだと思っていました。しかし、投薬では病気は回復しませんでした。
 荒治療であっても手術をして、痛みを短期間にとどめることこそ合理的だとの認識がようやく広がりました。しかし、不良債権処理は理屈の問題でなく、だれがリスクをとって、引き金を引くかという政治の問題でした。批判の中、小泉政権が強引にであれ、一気に不良債権処理に目処をつけました。大きな功績だったと思います。そもそも、行政に社会的責任は取れません。というか、責任を取るほどの権限を法律は行政に与えていません。判断し、リスクを引き受けるのは政治の役割です。普通の問題を処理する時は、緻密な計算が効果を発揮します。しかし、社会的大問題を処理する時は、シンプルな方針とぶれない決心こそ重要になります。参謀である担当大臣が思いをめぐらし、指揮官である総理大臣が指示を出すのが効果的なようです。反対に、総理大臣が細部まで考えたりすると、指揮官と参謀を同じ人が兼ねることになり、往々にして失敗するようです。

2007年10月24日 (水)

3−4 土地と期待

 土地を武士が命がけで守ろうとしたことが一所懸命の語源です。土地は昔から財産の代表です。昭和は土地が値上がりする時代でした。値上がりが期待を高め、高まった期待がさらに価格を上昇させる循環でした。魚や野菜のように頻繁に取引がされるモノなら、需要と供給のメカニズムによって、価格は落ち着くべきところに落ち着きます。しかし、土地というのは取引一回あたりの金額が大きい上、頻繁に売り買いされる性格のモノではありません。需要と供給が釣り合う均衡から価格が外れて、そのまましばらく続くことがしばしばあります。
 土地取引で明らかなように、値上がり期待は現実に値上がりをもたらします。タレントの人気がさらに人気を呼ぶのと似ています。逆に、値下がり予想が実際に値下がりをもたらすことも株式市場などではよく見かけられます。資産価値とは、現在価値と将来価値の合計です。みなが、将来価値が上昇すると思えば、資産価値は上昇します。新しく鉄道建設が計画されそうになると、駅予定地周辺の地価は上昇します。期待が価格に反映される現れです。経済学では人々の期待をどのように考えるかで学派や理論が異なります。いずれにしろ、現実に将来変化を織り込んで価格や市場は動きます。
 戦後の地価上昇は乱開発を引き起こしました。美しい風景は、ちぐはぐな景色に変わりました。司馬遼太郎さんはあまり政治的発言をしない作家でしたが、土地問題については土地公有化など大胆な発言をされていました。自民党でも宮澤喜一さんなどは若い時分に、部分的な土地公有制を提唱していました。資本主義とは私有財産制度を基本にしています。歴史的にはヨーロッパの土地所有から所有権は確立されました。所有権は不可侵であり、私有財産制度は最大限尊重されねばなりません。従来提唱された土地公有化は行き過ぎかもしれませんが、利用制限など「私と公」のバランスが強く求められます。土地に関して、「公」に反する「私」の追求がなされると醜い風景や悲惨な結末になります。
 日本の土地制度の特徴に、公図の不備と地権者の多さがあります。豊臣秀吉以来、検地はなされましたが、土地の境界を確定する地図(登記所の公図)には不正確なものが今もたくさんあります。先進国でこんな国は日本くらいです。このことを司馬遼太郎さんも頻繁に指摘されていました。もう一方の地権者については、パリのシャルル・ド・ゴール空港の土地所有者は一桁だと聞いたことがあります。成田空港建設とは経緯など様々なことが異なるのでしょうが、シャルル・ド・ゴール空港建設がスムーズに進んだのには地権者の数が少ないことも影響しているでしょう。戦後の農地解放は、多くの自作農を生み出したプラスの側面もありました。しかし、土地利用に関しては「私」を尊重しすぎる風潮につながった面もあると考えます。私自身、殺風景なだけの街に短い間住んだことがあります。また、昔住んでいた街が開発で無惨な姿になったことも目の当たりにしました。土地を商品でしか捉えないと、殺風景や無惨な姿が残るだけです。

2007年10月23日 (火)

3−3 物価とお金の量

 物価とは色々な商品やサービスの値段水準のことです。その物価が下落傾向にあることをデフレ(デフレーションの略)と呼びます。90年代後半から10年くらい、日本経済はデフレに陥りました。物価が下がると、買い物できる量が広がるので、ちょっと聞くと悪そうではありません。しかし、販売量が変わらないなら、価格が下がると企業の売上は減少します。売上は減っても、借金は減るわけではないですから、借金をしている企業の負担は相対的に重くなります。バブルがはじけて、多額の借金(負債)が残った企業にとっては、デフレ環境での経営はとりわけ厳しいものでした。
 インフレ(インフレーションの略)はデフレの反対に物価が上昇傾向にあることです。インフレになると、お金の価値が低下します。第一次世界大戦後のドイツでは、リアカーいっぱいの札束で日常品を買い物するほどのインフレでした。あんな記録的なインフレは戦争の後くらいにしかおきませんが、経済が発展している時は、物価はゆるやかに上昇するのが一般的です。インフレは戦後日本ですとオイルショックをきっかけとするものが有名です。一年間で20%も物価が上昇しました。一年で100円ショップが全部、120円ショップになるのと同じです。収入が一定の人にとっては、インフレは買い物の幅が狭まることなので迷惑です。反対に、お金の価値が減るのは、借金している人にとっては負担軽減になります。物価上昇に応じた給料をもらっているサラリーマンは住宅ローンの返済が楽になります。
 細かい要因を除くと、物価を決める最大の原因はお金の量です。経済全体で、お金がだぶつけば物価は上がり、お金の流通が少なければ、お金の価値が上がるので物価は下がります。ただし、このお金というのは、紙幣や硬貨だけではありません。銀行の預金も手元にないとは言えお金ですので、現金と預金を足したものがお金の総量になります。経済全体のお金の量を管理する機関が中央銀行です。日本なら日銀でして、物価の番人と呼ばれます。お金の量が増えれば、借金がしやすくなり、投資が増えて、経済は活発になります。お金の量が減れば、借金が難しくなり、投資は減って、景気は悪くなります。丁度良くないとインフレになったり、デフレになったりします。各国の中央銀行は、景気と物価の両方を睨みながら、お金の量を調整します。しかし、経済は生き物なので、お金の量の調節を中央銀行は時に失敗します。初めからお金の量に関するルールを決めるべきで、景気に合わせたさじ加減はしない方が良いとの理論があります。私もその方が間違えが少ないとの立場です。
 ヨーロッパでは、金融政策は欧州中央銀行だけが行います。それにしても、よくもヨーロッパは通貨統合が出来たものだと感じます。各国は慣れ親しんだ紙幣とも別れましたし、国家ごとにお金の量の調節をする金融政策も手放しました。ユーロ導入の評価は時期尚早かもしれませんが、これまでの歩みは壮大な社会実験として高く評価できます。他方、ユーロに加わらないイギリスも注目に値します。日本は円を捨てることはないでしょうから、独自通貨を保持するイギリスの経済諸状況は将来の日本にとって参考になる事例です。

2007年10月22日 (月)

3−2  経済政策の限界

 景気が悪い時は家計も企業も財布のひもを閉めます。するとモノはどんどん売れなくなり、景気は一層悪化します。個々人にとっての合理的な行動が、社会全体では意図しない結果になることが経済ではよく起こります。神の見えざる手により価格を通じて需要と供給は釣り合う、不況もそのうち回復すると古典的な経済学は教えてきました。しかし、不況が原因で失業した人にとっては、そんな教えはありがたくも何にもありません。景気が回復し、一刻も早く仕事につくことが希望です。
 1920年代の世界恐慌をきっかけに、不況克服が経済学の重要なテーマに加わりました。経済全体でみて、需要よりも供給が多く、モノが売れなくなる現象が不況です。需要は消費と投資から成り立ちます。家計や企業が自己を守るために財布のひもを締めると、消費や投資が滞り、景気は一層冷え込みます。景気の冷え込みを、政府需要の拡大により克服しようとしたのがケインズという経済学者でした。ケインズにより切り開かれたのがケインズ経済学です。第二次大戦前後ではケインズ的な経済政策は不況克服に一定以上の成功を収めました。
 しかし、抗生物質がだんだんと病気に効かなくなるように、1970年代以降は世界中でケインズ的な経済政策もしだいに効き目が弱くなりました。高速道路や空港などの社会資本が整備されてない間は、政府による公共事業は工事による直接的な需要拡大だけでなく、社会資本整備を通じた経済効率上昇にも繋がります。しかし、社会資本が整備されてゆくと公共事業による経済効果は小さくなる傾向にあります。また、不況になれば公共事業が拡大することが知られると、公共事業による景気上昇は実施される前から人々の期待に織り込まれます。結果として、政府需要拡大しても回復気分は高まりません。つまり、経済政策も万能でなく、その経済効果には明らかに限界があります。
 しかも、やっかいなことに経済の処方箋を間違うと大変なことになります。薬を飲んでもすぐに健康は回復しませんが、間違った薬を飲んだら病状が悪化するのと同じです。橋本龍太郎内閣の時に、景気判断を誤り、消費税をアップしたことは不況を招いたと批判されています。田中角栄内閣の大型予算もインフレ悪化を招いたと批判されました。経済政策の失敗は枚挙にいとまがありません。経済政策のさじかげんは非常に難しいものです。皮肉にも、経済に自信のある政治家の方が失敗は多いみたいです。アメリカのように政治任用で専門家に任せる方がリスクは少ないかもしれません。
 経済政策の一つに国際協調というのがあります。サミット(主要国首脳会議)などでは仰々しい経済宣言が発表されます。単なる儀式ではないかと批判されることもあります。ですが、儀式であっても意義はあります。1930年代の世界恐慌では、各国は自国経済保護を意図して、ブロック経済を進めました。各国は、自国さえ良ければよいとの路線になり、国家間の対立が強まりました。その教訓を踏まえると、各国が協調して経済問題に対処する姿勢こそが国際会議では重要です。中味は具体性がない抽象的なものでも構いません。

2007年10月21日 (日)

3−1 経済と経済学

 バブル崩壊以降、「景気が悪い」とずっと言われていた気がします。景気という言葉は日常生活でも頻繁に耳にします。普通の人にとって、経済と景気は同じ意味合いではないでしょうか。個別の企業や個人の努力を超えた、大きな経済の流れをときどき実感させられます。商売や生活は景気に左右されるので、多くの人にとって景気は関心事です。設備を導入したり、店舗を増やしたりする場合には景気の先行きを検討することが必要です。景気に関心がある人で、新聞社の景気討論会はいつも満員です。景気討論会では専門家の予測がいくつもに分かれます。未来は誰も分からないので当然と言えば当然ですが、経済の専門家同士が時に正反対のことを言うのは不思議な感じでしょう。また、経済学ってそもそも役に立つのか、との疑問を時々耳にします。
 経済学とは経済のメカニズムを理解しようとする学問です。需要と供給、価格と数量、GDPと物価など経済的な事柄の関係性を研究します。どの株式銘柄が上昇するかとか、明日の円相場がいくらになるかということを予想出来るわけではありません。経済学では経済的な関係性をグラフや数式で表すことがあります。このグラフや数式の元となる理論については、専門家はだいたい同じ認識をしています。しかし、重視するデータや数式は人それぞれです。その結果、時には専門家の数だけ異なる分析結果が生まれたりします。
 株式であれ、外国為替であれ、相場は大きく動きがちです。需要と供給が落ち着く状態を均衡といいますが、均衡から均衡にスムーズに移動することはまれです。一直線に動くよりも遠回りや道草をすることばかりです。経済の根っことなる要因は専門用語でファンダメンタルと言われます。ファンダメンタルによって経済は決まると経済理論は説きます。しかし、短期の市場はそんなに行儀よくありません。時々の雰囲気や気分に大きく左右されます。ファンダメンタルで決まるよりもセンチメンタルで決まると教えられる方がしっくりきます。
 ですが長期となると話は別です。10年以上の長期なら、経済学は現実をよく説明します。長期的には需要と供給で市場(マーケット)は決まります。政府の介入など、人為的な効果は長続きしません。長い目で見ると落ち着くところに落ち着きます。バブル景気以前は、日本では土地は価格上昇を続ける財産だと信じられてきました。でも、そんな財産は世の中に存在しません。戦後、値上がり期待により地価は上昇を続けましたが、平成に入るとシャボン玉がはじけるように下落し、土地に乗っかっていた経済も一緒に萎みました。
 バブル経済は歴史上でしばしば起こります。1920年代後半のアメリカもその一つです。その反動もあり1930年代のアメリカは大恐慌に陥りました。当時の経済学は、長期では経済は必ず回復すると説き、有効な政策を講じませんでした。しかし、高名な経済学者が言ったとされている通り、人は長期では皆死にます。不況克服が経済学の課題に加わり、その後の研究はある程度、好結果を生み出しました。経済学とは価値観と結びついた科学です。価値観によって経済学の理論も学派も異なります。

2007年10月20日 (土)

2-10 宗教とインターネット

 モスクというのはイスラム教の礼拝堂です。キリスト教の教会と違い、神や聖人の絵や像はありません。モスクの装飾はアラビア文字の書など、幾何学的な文様でなされています。イスラム教では教えにより、神や預言者を絵や像にすることはありません。キリスト教でもはじめは禁じられていましたが、認められてから1200年以上が経ちます。教義の違いにより、イスラム教の芸術では書や文様が発展し、キリスト教の芸術では絵や像が発展するようになりました。キリスト教における神や聖人の絵や像をイコンと言います。パソコン画面の絵記号をさすアイコンはイコンの英語読みです。イスラム諸国でもパソコン画面にはアイコンが現れるでしょう。インターネットの表現では、そんなにまだ世界的な違いはありません。従来のイスラム教芸術とキリスト教芸術とでは表現の発展方向が異なりました。これから、さらに情報通信が発展し、世界がインターネット社会になった時、両者はどのようになるのでしょうか。仏教芸術を含め、芸術とインターネットの関わりは面白そうなテーマです。
 伊勢神宮をトップとする神社本庁という組織があります。全国八万社の神社を包括する組織です。この神社本庁がネット参拝に対して注意喚起をしました。ネットで参拝できる神社は平成十八年末で、全国に千社以上もあるのだそうです。実際に神社に足を運ばずに、ネットで参拝をするとは、進んでいる気もしますが、少し違和感も覚えます。ネット参拝は、入院している人などからすると便利ですし、実際の参拝に繋がることもあるそうです。ネットが社会に浸透してきた象徴的な例です。宗教とインターネットの関わりというのも面白そうなテーマです。キリスト教、イスラム教、仏教、神道、ユダヤ教など宗教の種類によって、インターネット空間との距離は異なるのでしょうか。
 おおざっぱに言って、ユダヤ教という宗教を信じる人がユダヤ人です。ユダヤ教というのは日本ではキリスト教やイスラム教ほど一般的ではありませんが世界的な宗教です。ユダヤ人は千八百年以上も、領土としての国を持ちませんでした。色々な国に分散して暮らしていました。それにも関わらず、ユダヤ人という集団は個性を保持し続けました。チャイナタウンに見られるように、中国の人も世界のどこに行っても、独自の文化性を保ち続ける傾向にあります。一方、日系人は世代を経るにつれて、現地の社会に溶け込み、日本列島に住む日本人との一体性は薄らぎます。インターネットは、ユダヤ人や中国人にとって、本国と海外コミュニティを結ぶのに有効に働くでしょう。かたや日本人はインターネット時代になっても、本国と海外コミュニティの距離はそれほど変わらないと予想します。
 民族というのは意識によります。王貞治さんが中国系で国籍が日本でなくても、大方の日本人は王さんを日本人だと思っています。民族は意識であり、国籍や人種によるものではありません。その民族意識に変化を及ぼすほどの力は、まだまだ当分、インターネットにもないでしょう。

2007年10月19日 (金)

2−9 囲い込みたいハード

 ITに国境はないと言いました。ITはグローバルです。でも、この場合のITは主に回線や機器などを指しています。これらをハードと呼びます。機械のイメージです。他方、コンテンツをソフトと呼びます。ゲームソフトのソフトです。ソフトには言葉がのります。言葉は地域に根付いたものです。ローカルです。言葉ののらない音楽だって、メロディやリズムはローカルです。言葉や音楽など、表現はみんな土着の要素を持ちます。
 コンピューター・ゲーム機はハードです。ハードは世界中に、ほとんど手を加えずに輸出可能です。テレビやオーディオ機器も同じです。ハードに国境はありませんが、規格の違いはあります。ビデオにはVHSのほかにベータという規格がありました。VHSのソフトはベータのハードでは使えませんでした。パソコンでもウィンドゥズやマックといったハードの種類によって、使えるソフトは限られます。規格相互が乗り入れ可能なら問題ないのですが、通常、規格が違えば乗り入れはできません。そうすると規格同士の対決になります。コンピューター・ゲームではゲーム機の規格争いが、ずっと続いています。最近では、次世代の記録方式の規格争いが起きています。規格の争いは、ハードの性能もさることながら、ハードの上で使うことの出来るソフトの魅力が勝負を決します。ほかのハードと差別化をするために、ハードはソフトを囲い込もうとします。
 インターネットでも同じです。接続事業者やポータル(玄関)サイトは、お客を集めるために、ソフトに近づこうとします。出来ることならソフトの使用を独占して、他社と差別化を図りたいと思っています。ソフト側が独占させるかどうかは、契約金の多寡によります。でも、基本的にソフトはどんなハードにも自由に流れたいと思っています。作ったからには、色んな人に見てもらいたい、聞いてもらいたいというのが表現する側の心情です。囲い込みたいハードと自由になりたいソフトは相容れません。ハードもソフトも同じ系列で商売することを専門用語で垂直統合と言います。往々にして、強すぎる垂直統合は失敗します。なぜなら、両者は性格もビジネスモデルも大きく異なるからです。
 近年、ソフトパワーという単語を耳にするようになりました。文化力などのソフトパワーが国家の安全保障に有効だとの理論が提唱されています。確かに、そういう面はあるでしょう。軍事力が限られている国にとって、ソフトパワーで国際的な発言力を握れることは望ましいかぎりです。しかし、文化的な魅力には紛争をストップするほどの力はありません。歴史的にも、辺境の地で興隆した勢力は文化的先進地を目指しました。憧れる文化を手にしたいとの誘惑に駆られるようです。そういえば、北朝鮮の指導者は日本映画が好きだと聞いたことがあります。しかし、北朝鮮の指導者は親日的ではないでしょう。やはり、ソフトパワーには限界があります。文化輸出の政治効果も同様です。日本アニメの輸出が新たな文化的軋轢になる可能性すらあります。それでも、文化は輸出されるべきです。なぜなら、ソフトは国家のためにではなく、作り手と受け手のためにあるからです。

2007年10月18日 (木)

2−8 コミュニケーションの範囲

 通信の範囲は、時間を共有する範囲です。訪れたことのない場所の知らない人とであっても、アマチュア無線やインターネットによりコミュニケーションできれば、お互いの意思は通じます。月と地球との間でも、通信さえ出来れば、同じ時間を過ごすことが可能です。(本当は光の届く時間だけ1.5秒くらいの差はでますが。)戦国時代は、情報は飛脚で伝わりました。例えば、京都の政変が鹿児島に伝わるには数日を要しました。19世紀に通信技術は進み、20世紀に海底ケーブルや衛星通信が広まると、地球上は同じ時間を共有するように変わりました。未来に人類が宇宙ステーションで生活しても、通信さえ可能なら時間の共有は可能です。
 放送の範囲は、日常を共有する範囲でしょう。通信と違って、放送の範囲は各国によって限定されています。また、国内でも地域によって、番組編成が異なっています。日本の放送は県域による免許制度で発達してきたため、ローカル色が比較的強い特色を持ちます。同じ時間に同一の言語で報道に接したり、歌番組やお笑い番組を見たりすれば、日々の生活を共有している気分になります。学校や職場で昨日のテレビを話題にするのは、日常が共有されている証拠です。社会的影響の大きさから、放送は国家により規制され続けています。周波数の有限希少性も無線放送では当然の規制理由ですが、有線放送に同じような規制を課す理由は、電波の問題でなく、社会的影響力からです。
 他方、財政の範囲とは相互扶助の範囲ではないでしょうか。東京は経済の中心なので、税収も自然と多くなります。日本では、その税収を地方交付税という制度や公共事業によって、田舎に再配分しています。大都市から配分される資金がなければ、田舎では公的サービスが十分に提供されず、人々のくらしは成り立ちません。再配分の仕組みがある理由は、同じ国だから、同じ国民だからです。外国だったら、かわいそうだと思っても可能な範囲の支援をODAでするだけです。江戸時代は隣の藩が飢えても、よその藩はよその藩という姿勢で助けなかったそうです。そもそも、藩は「くに」と呼ばれていたので、隣の藩は今の感覚なら外国のようなものだったでしょう。幕藩体制とはシビアな制度でした。
 財政とは国家の根幹です。政府は国家としての一体性を保つためには、大都市から地方への所得移転を一定量、続けなければなりません。放送の範囲は国の範囲とかつては同じでした。放送には、国民が同じ言語や文化を保持する効果があります。しかし、財政の範囲も放送の範囲もその意味が変化してきています。
 EUは国家の共同体です。財政基準があり、緩やかに財政的一体性を持っています。昔から国家の顔と表現される通貨すら共有しています。放送は多チャンネル化が進み、隣国の放送が衛星などで視聴可能です。国家と密接不可分な財政や放送がEUでは変化しつつあります。ITが加速する国際化により、早晩、世界もEUと同じく財政や放送の機能を見直し始めるでしょう。個人的には、最後まで国が関与すべき放送は教育放送だけではないかと思います。

2007年10月17日 (水)

2−7 IT法

 音楽をインターネットや携帯電話で配信するサービスが拡大しています。また、マンガをインターネットで配信するサービスもあります。従来、CDなどのパッケージや、雑誌などの紙で流通していたコンテンツがインターネットでも流通するようになりました。日本のコンテンツ市場は12〜13兆円の規模です。日本全体の総需要・総供給はざっと1000兆円なので、コンテンツ市場は日本経済の1%程度です。この分野のネット流通が経済全体に与えるインパクとは実はそれほど多くないことが分かります。
 他方、インターネットや携帯電話で買い物をしたり、オークションに出品したりすることも普及しています。これまで現実に対面して売り買いしていた内容が、ネットを介してやり取りされるようになりました。医療では、手術に関する画像データを送ることにより、遠くの医師から専門的アドバイスを得る実験が試みられています。教育では、インターネットを使って、双方向の遠隔教育を受けることが可能になっています。ただし、まだまだ法律や業界ルールなどの壁に当たり、広く利用されているわけではありません。
 情報通信の社会的なインパクトは、情報通信産業が大きくなることではなく、社会生活や経済活動の営みが変わることです。医療でも、教育でも情報通信の利用によって、これまでのやり方が段々と様変わりしていくことでしょう。顔と顔とを向き合わせて行われていた活動が、ネットを通じて行われるようになります。インターネットという仮想空間での営みが広がっています。
 アメリカは西へ西へと開拓を進めました。それがつきるとフロンティアを宇宙に求めました。インターネットが新しい空間であり、フロンティアであるなら、開拓時代のようにアメリカ人が精力的にインターネット開発を進めるのもうなずけます。
 順番としては、最初に技術が変化します。それに伴って、一部の人の行動が変わります。しかし、新たな行動パターンは従来の習慣とは相容れないことが多いものです。インターネットでも携帯電話でも、普及の過程ではプライバシーなど多くの面でトラブルがおきました。トラブルを経るうちに、皆が妥当だと認める線がだんだんと常識になっていきます。今後もインターネットでの社会生活や経済活動が増える毎に、新たな形のあつれきが発生するでしょう。時間を経て、社会常識や商慣習が変われば、それらを基にする法律や業界団体のルールも変更せざるをえません。従来、法律は人権や物権という風に、人やモノを直接の対象にしてきました。これからのネット時代では、情報という形の無い物を法律が対象にすることが増えるでしょう。
 ただし、急ぐ必要はありません。世の中の認識が変わる前に、法律や制度を変更することは混乱につながります。専門家が少し遅いと感じるくらいが社会的には丁度良いでしょう。法律や制度は先人の知恵を形にしたものでもあります。先人の知恵を尊重することは、現在と過去との対話であり、生者のみならず死者もが参加する民主主義です。

2007年10月16日 (火)

2−6 新しいサービス

 固定電話の売り上げが減っています。古い事業の売上が市場に占める割合は、どの産業も長期的に下落する傾向にあります。下落を補い、更にその産業全体を大きく出来るかどうかは、新しい分野の伸びにかかっています。金融分野では、預金、貸出の伝統的サービスからデリバティブと呼ばれる新しいサービスに利益の源が移りました。しかし、日本の金融機関は古い事業の競争に重きをおき続け、世界的なシフトに乗り遅れました。結果として欧米金融機関の後塵を拝しました。
 日本はこの10年、ネットワーク(回線)整備では、お隣の韓国と並んで世界の先頭を走ってきました。高速回線によるインターネット接続や第三世代のデジタル携帯電話は他国に先駆けて普及しました。しかし、付加価値の源泉は、いまや変化しようとしています。欧米では、IT系企業と放送局が積極的に事業提携したり、グーグルのような高度な検索サービスを提供する企業が新たに成長したりしています。金融と同様に、情報通信でも新しい付加価値へのシフトに日本は乗り遅れ気味です。
 情報通信産業の新しい付加価値は、ネットワークを利用した高度なサービスになるでしょう。情報やコンテンツを取引する際には、きちんとお金をやりとりするために課金サービスが必要になります。個人情報を扱う際には、ICカードや指紋を利用した本人確認がネットワーク上で必要になります。プライバシーや営業上の秘密を守るためには、安全(セキュリティ)をネットワーク上で保たなければなりません。コンテンツの利用条件や使用料を定める、著作権管理機能もコンテンツ流通には不可欠です。課金、認証、セキュリティ、著作権管理などを提供する高付加価値の通信サービスを専門的にはプラットフォーム・サービスと呼んだりします。単純な回線提供でなく、コンテンツと人をネットワークで結びつけるのがプラットフォーム・サービスです。今後のIT社会では、このプラットフォーム・サービスが重要になります。
 プラットフォーム・サービスを握る者はこれまでのマイクロソフトのように優越的な地位を築くでしょう。なぜなら、プラットフォーム・サービスは金融、広告、位置情報など複合的サービスの提供にあたって基盤となるものだからです。加えて、利用者の財布に直結しています。今後、プラットフォーム・サービスは個人端末としての携帯電話の進化にとりわけ貢献するでしょう。
 課金、認証、セキュリティ、著作権管理などは、ある種の公益性を持ちます。ですので、日本では多くの関係者により十分な合意のもと、規格や基準が決定されます。他方、アメリカでは個々の事業者が最初から市場競争を繰り広げる傾向です。一般的に、基準や規格は利用者の数が多くなれば現実的な内容に修正されるようです。権利であれ何であれ、きちんとしたお客がついて、ビジネスが回りさえすれば、大方の問題は解決します。日本でも、簡単にサービス開始が出来るようになるほうが、社会的にも効率的だと考えます。

2007年10月15日 (月)

2−5 人工知能

 時々、本を薦めるメールが送られてきます。インターネットで購入した履歴をもとに、関係のありそうな本が紹介される仕掛けです。おしつけがましい気もしますが、結構、そそられるタイトルだったりします。検索結果に連動して広告が表示されるサービスは、グーグルにより一般的になりました。利用者の個人情報を記憶し自動的に記載する機能や、ニュースを利用者の興味に沿って集めるサービスなども見られるようになりました。まだまだ、初歩的な段階ですが、こういったサービスはこれからどんどん広がります。
 コンピューターが知能を持つように見える人工知能が、今後のITの最重要分野だと思います。学習機能といって過去のデータをもとに最適な答えを導く理論や、ファジーといってあいまいな情報をもとに妥当な推論をする理論が研究されています。人工知能はSF映画などでは、巨大コンピューターとして昔から描かれていました。日本のマンガでは、ドラえもんなど人工知能や感情を持つロボットがよく描かれます。
 ロボットまではすぐに実現しないにしろ、ネットワーク上で人工知能が代理人(エージェント)として活躍するのは、そう遠くない日に現実化しそうです。予算や期間を条件に、乗り物やホテルを仮予約し、日程まで策定してくれる人工知能はとても便利でしょう。例えば、旅行代理店の替わりになります。興味や属性に応じて、広告を集めてくれる人工知能も良さそうです。なんとなく関心がある広告を知らないうちに集めてくれるサービスはあったら利用したいです。
 ミクシィなど、参加型のネットワークサービスがウェブ2.0と呼ばれて注目を集めました。アメリカでも日本でもウェブ2.0は株式銘柄としても騒がれました。次にやってくるウェブ3.0を想像すると、ネットワークと人工知能のドッキングだと思います。人工知能によるネットワーク上の代理人(エージェント)を、時間のないビジネスマンだったら頻繁に利用しそうです。他方、ウェブ2.0は結構、手間とひまがかかります。時間のない人はやらないでしょう。ウェブ2.0の主な利用者は、お金はないけど時間のある人だと推測します。お金はないけど時間がある人って「負け組」と呼ばれたりするのでしょうか。お金も時間もあるセレブはウェブには遠い印象です。
 話を人工知能に戻します。映画などで描かれる、コンピューターに関わるすごい人のイメージといったら、天才プログラマーではないでしょうか。しかし、人工知能の研究開発では、数学などの基礎的な理論がこれまでにもまして重要になります。そうするとコンピューターに関わるすごい人のイメージも天才科学者に変わる気がします。日本人は応用研究は得意だけど、オリジナリティあふれる基礎研究はあまり得意でないと指摘されてきました。確かに、コンピューター開発の歴史でも画期的な基礎研究は欧米人によりなされました。でも、人工知能では日本人に画期的な発明をしてもらいたいですね。ドラえもんを作るのに重要な研究は日本人に担ってもらいたいものです。

2007年10月14日 (日)

2−4 シリコンバレー

 サンフランシスコの近くにシリコンバレーという地域があります。バレーと名前がついていますが谷というわけではなく、複数の都市がある一帯をさします。シリコンとはコンピューターで最も重要な半導体の代名詞です。コンピューターの街、ITの街です。
 半導体の研究所が設立されたのがきかっけで、以降、色々な企業が集積しました。同時に、世界中から優秀な研究者が集まりました。今では、世界的なビジネス地域です。単なる研究開発都市ではありません。
 シリコンバレーの注目すべき点はそのシステムです。大学や研究所に世界中から優秀な研究者が集まります。研究者はしのぎをけずって競争し、うまく行きそうなら研究開発をもとにベンチャー企業を立ち上げます。創業まもないベンチャー企業はエンジェルと呼ばれる投資家から資金を集めます。エンジェルは成功した起業家だったりします。ベンチャー企業は研究開発を進めるかたわら、さらにベンチャー企業専門の投資会社から資金を集めます。製品販売やサービス提供が始まるまで、ベンチャー企業には収入がありませんので、資金集めは最も重要な仕事です。無事、製品販売やサービス提供にこぎつけ、その上、市場で成功するベンチャー企業は万に一つでしょう。しかし、株式上場や企業売却がうまく成功すれば、創業者は億万長者になります。株式を公開する前後は企業も急成長します。その段階にはプロの経営陣が取締役に加わります。いくつもの会社を運営してきた経験者です。財務や法務のプロも加わるでしょう。大企業があっという間に形成されます。その企業に値上がりや配当を期待して、一般の株主が集まってきます。
 日本で研究開発の議論を聞くと、個別技術の話に陥りがちです。また、政府の研究開発支援などの話にもなりがちです。個別技術の観点も政府の研究開発支援も重要です。しかし、部分にすぎません。いくら零戦の性能がよくても、太平洋戦争には勝てませんでした。問題は全体のシステムです。
 国際競争力という言葉を耳にします。いろいろな議論がありますが、地域が、人やモノやカネや情報を引きつける力が国際競争力でしょう。国内でみると、大阪が失い、東京が保っている力と同じです。大阪は主に大阪周辺の人で切り盛りしています。東京は日本全国から人があつまります。移民に象徴されるように、アメリカは世界から人やカネを集めて勝負するシステムです。シリコンバレーはそのシステムで運営されています。人やカネが集まらない限り、現在のままでは大阪が東京に勝つ見込みは低いでしょう。それと同じで、国外の力を集めて活用しない限り、日本がアメリカに勝つ見込みも低いです。
 なお、国際競争力と聞くと、国産企業が潤い、貿易黒字が増えることだと勘違いする人がいます。しかし、良かった頃のイギリスも現在のアメリカも一貫して貿易赤字国です。国内をモデルしてみると東京23区はずっと国内貿易赤字です。だが、国内では東京はダントツの競争力を持ちます。競争力と貿易黒字は直接関係ありません。

2007年10月13日 (土)

2−2 加えて制度

 モノやサービスを売り買いする市場は需要と供給で決まります。需要が増えれば、価格が上昇し、供給が増えれば価格は下落します。常識でも実感できる経済の大原則です。純粋な需要と供給のほか、情報通信は制度の影響を大きく受ける分野です。製薬業界や教育産業などと同じで、規制の変更によりビジネスモデルや産業構造が変わります。
 情報通信の制度は重層的な構造です。電波や技術基準に関しては世界的な条約があります。EU域内では国内法のほか、EU指令が重要な役割を担っています。また、通信の秘密や表現の自由の確保といった法律的側面から、自然独占性という経済的側面まで複数の規制理由があります。自然独占性というのは、運輸やエネルギーなど大規模な設備を設置する分野では、放っておくと独占になりがちな性質を言います。独占市場では競争が働かずに、非効率や不公平が生じるので、法律などによる何らかの対策が必要になります。
 通信の社会的重要性から、歴史的には日本では電電公社が国内電話事業を長らく独占していました。ヨーロッパでも長い間、公営によってサービスが提供される制度でした。現在でもその名残が随所に見受けられます。一方、アメリカでは民営によってサービスが提供されてきました。公営と民営に関する考え方が、日欧とアメリカでは一般的に異なります。アメリカでは公的な企業を一つだけ作るよりも、競争を通じて勝ち残った企業を規制する方が選ばれるようです。技術進歩が急激なITでは、アメリカ型の方が良好なパフォーマンスをあげる可能性が高い気がします。
 制度というのは大概においてアクセルの役割でなく、ブレーキの役割をするものです。情報通信のように技術進歩が著しい分野では特にそうです。であるなら、技術進歩にあわせて制度を変更する必要が生じます。経済学の言葉を使うと、供給曲線を右にスムーズにシフトさせ、供給量を増やし、価格を下げるのが情報通信政策の目標だと考えます。
 しかし、日本政府も情報通信市場を指導できるわけではありません。環境整備や紛争防止を行い、側面支援するくらいだと思います。成熟した市場には、影響力が限られた行政こそ適当です。情報通信ではアメリカ政府も非規制という名の無作為を総じて続けている印象があります。結果としてうまく進んでいるなら、政府の無作為は悪くありません。
 技術には国境がありませんし、同一技術ならサービスもビジネスモデルも似てきます。サービスが発達する条件の一つに規制が少ない環境があるでしょう。世界中でマイクロソフトは同じ内容の製品を売り、ヤフーやグーグルは同じサービスを展開しています。自然とそれらを規律する制度も、主たる部分は同じになる傾向にあります。ある国で、先進的なサービスを展開するのに困難な規制があったとしても、そのサービスへの需要が大きければ、往々にして制度の方を変更せざるをえません。ただし、おいそれと外国の制度やスタンダード(標準)が受け入れられわけではありません。そうするとやはり、短期では制度の違いが、サービスやビジネスの展開スピードに影響を及ぼすことになります。

2007年10月12日 (金)

2−3 たいらになる地球

 インターネットのインターという部分は、あいだとか相互とかいう意味です。ネットワークの間やネットワーク相互くらいが、インターネットのそもそもの語感です。大学や研究機関の小さなネットワークがつながり、大きくなったのがインターネットの生い立ちです。時間が経過するにつれ、どんどんとネットワークやコンピューターが接続されて、世界的な網の目になりました。
 インターネットの本質はつながることです。つながると境目はあいまいになります。その最たるものが、国の境目が薄らぐ、国際化でしょう。インターネットが普及すると自然と国際化も進みます。ただし、つながっても本質的な違いは残ります。同時にそれほどでもない違いはなくなっていきます。
 日本では明治になって、地域の個性は薄らぎました。中央集権になったせいもありますが、一番の理由は近代化です。近代化とは便利さが行き渡ることです。便利さは、弱い個性を呑み込みます。戦後になって、この傾向は一層進みました。なにも日本だけのことではありません。アメリカでもヨーロッパでも国内は画一的になってきました。同時に世界も画一的になっていきました。今後、インターネットの普及で、地域や業界のルールは国際的なルールに一層、呑み込まれます。つながることの結果であり、近代化の宿命です。便利さが地球をたいらかにします。
 だれしも、従来のやり方には愛着があります。それを否定するような異物には反感を感じます。それが外国からのものだと余計にそう思うでしょう。インターネットやITによる国際化に反対したり、グローバル・スタンダード(世界基準)に反発したりするのは無理もないことです。ただし、技術進歩を受け入れないなら、取り残される覚悟は必要です。
 最近、シリコンバレーで働く技術者の半分が、中国人とインド人になったと聞きました。世界人口の1/3を占める両国をインターネットが世界先端の研究開発地域に紐づけました。中国でもインドでもまだ国内は、インターネットによる自由を十分に享受していないでしょう。それでも、技術者を通じて便利さはじわじわと広がります。
 急激な近代化は社会に困惑や葛藤をもたらします。日本は明治以来、百数十年をかけて気持ちの整理をしてきました。価値観のぶつかり合いが、時として素晴らしい文学作品に結実しました。中国であれ、インドであれ、日本が百数十年かけてしてきたことを十数年でしなければならない境遇でしょう。大変な駆け足ですし、摩擦は大きいと思います。
 ブロードバンド(高速回線)の普及により、インターネット社会に真っ先に突入したのは韓国でした。インターネットによる最先端の習慣と伝統的な価値とのはざまに、今の韓国社会はあります。敏感な層で真っ先に顕著な変化が起きるでしょう。結果、女性と子どもから新しい波が現れると思います。明治の日本で与謝野晶子などが体現したものです。社会の困惑や葛藤を見事に描く、若い女性作家が韓国に出てくる気がします。

2007年10月11日 (木)

2−1 ITは鉄砲

 ITとはインフォメーション・テクノロジーを略した言葉です。情報技術が直訳ですが、日本語なら情報通信がぴったりくる言葉でしょう。携帯電話やインターネットが普及して、ビジネスでもプライベートでもコミュニケーションに大きな変化が生じました。少し前は、これをIT革命(情報通信革命)と呼んだりしました。
 個別の技術を少し眺めてみます。パソコンの性能は一年に数倍のスピード(ドッグイヤー)で進歩してきました。ドッグイヤーとは、人間に換算すると犬が一年で数年分の歳をとることの比喩です。処理速度や記憶容量など、端末の技術進歩が一つの大きな柱で、もう一つの大きな柱がネットワーク(伝送路)の進歩です。通信網は音声のやりとりするものから、映像を含むあらゆるデジタル・データをやりとりするものに変化してきました。放送網も世界的にデジタル化が進んでおり、日本の地上波も2011年にデジタル化が完了します。デジタルの高速携帯電話網も日本全国で完備されました。携帯電話によって、日本のいたる所でいつでも通信が出来るようになりました。今後は更に高速・大容量化が進み、携帯電話で高画質な映像を伝送できるようになります。通信・放送や屋内・屋外の別なく、総合的なデジタル・ネットワークが世界的に整備されようとしています。
ITの普及により、メールで迅速に意思疎通することが世界中で増えています。色々な情報をウェブから集めることが可能になりました。オークションサイトでモノを売ったり、企業のサイトでモノを買ったりするようになりました。生活の色々な場面でネットワークを介した活動が広がっています。物流分野などでは、モノの管理もネットワークで行われるようになりました。これからはモノもカネも情報もすべてが、ネットワークでやりとりされる社会になります。現在起きている変化はその始まりにすぎません。
 技術には、時代をがらりと変える威力があります。蒸気機関の発明が産業革命の扉を開け、イギリスを世界の工場にしました。鉄砲がいくさを変え、日本の戦国時代を終わりに導きました。ちなみに、戦国時代の日本には、全世界の半分の鉄砲があったとの推計があります。驚くデータです。話を戻しますと、ITはバイオテクノロジーとならんで、現在の蒸気機関であり、鉄砲です。生産方法やライフスタイルを劇的に変える力をもっています。21世紀の世界は進歩が著しいバイオと並んでITの時代になるでしょう。
 情報通信分野は研究開発が決定的な要素です。すごい技術が出てくるとそれ以前の関連する技術は駆逐されます。いま普及している技術も、それを持っている企業も、10年先は消えている可能性があります。研究者にとっても経営者にとっても、最も競争的な領域です。油田を持っていたり、大地主だったりして安泰なのとは全く異なります。リターンもリスクも大きい世界です。だから、注目も集まるし、優秀な人も集まるのでしょう。また、情報通信はバイオと違って、研究開発に倫理的にブレーキをかける必要もほとんどありません。一般利用者はさして心配することなく、今後も情報通信技術が進歩する恩恵をこうむることが可能です。

2007年10月10日 (水)

1-10 ルネサンスとデジタル

 ミラノのスフォルツェスコ城にミケランジェロの遺作、ロンダニーニのピエタという未完の彫刻があります。
ピエタとは死んだキリストを抱く母マリアの絵や彫刻です。

しかし、ロンダニーニのピエタでは、マリアとキリストは彫りかけの無残な姿で、互いに寄り添っているだけにしか見えません。いくどもの彫りなおしで構図が変わったためか、マリアの腕はおかしな位置にあり、作品を不恰好にしています。ミケランジェロは死の間際までこの作品にノミをふるっていました。
 はじめて接する人はこれがミケランジェロの作品だろうかと目を疑うでしょう。ミケランジェロはルネッサンス史上最大の芸術家といわれています。ピエタにも若かりし頃の三つの有名な彫刻があります。
そのどれもが、神がミケランジェロをして作らしめたといわれているほどの出来ばえです。


 ミケランジェロは己の才能に絶対の自信を持ち、神の姿さえ見えると語っていた天才でした。しかし、晩年には信仰がゆらいだり、友人の裏切りにあったりしました。そして、社会が衰退する中、人生に絶望したといわれています。そのため、神が見えなくなったとミケランジェロの伝記は書きます。
 死の訪れを感じながら、再び神の姿をとらえるために、老いた天才が懸命にノミをふるったのがロンダニーニのピエタです。
実物のロンダニーニのピエタには、見るものを引き込む、不思議な磁力のようなものがあります。ミケランジェロの叫び声が聞こえるようです。
 ミケランジェロと同じ時代に、マキャベリがいます。マキャベリは有能ではあるが決して位の高くない外交官でした。青壮年期のマキャベリは祖国フィレンツェのために身を粉にして働きました。
しかし、政変による派閥抗争に巻きこまれ、無念にも、その職をとかれました。晩年は、片田舎の場末で安酒をあおり、無為にすごしていたそうです。

 マキャベリの晩年は、フランスなどの中央集権国家が興隆した時代でした。一方、イタリアでは、相も変わらず政争が繰り返されるだけでした。そんな中、マキャベリは、祖国を憂い、その力による統一に思いをよせ、君主論を書き上げました。彼はフィレンツェに捨てられたノンキャリアの外交官です。にもかかわらず、深夜、外交官時代の正装に着替え、背筋をのばして君主論を執筆したと伝えられています。既に亡くなった、かつての上司や同僚と想像で語らいながら、ペンを進めたことでしょう。
 ミケランジェロの彫刻であれ、マキャベリの著作であれ、すぐれた表現には、それを作った人の思いや姿勢が感じられます。同じように、現代のマンガやロックでも、作り手の思いや姿勢を、受け手は感じとり、共鳴しているのだと思います。

 デジタルの表現は手軽です。また、楽しさや便利さをシェアすることに優れています。しかし、たかだか数十年の歴史しかないため、伝統ある表現と比較すると稚拙な点もあります。おもしろいデジタルの作品はたくさんありますが、悲しさや不自由さを表現しきった作品はまだまだ少ないと思います。
 ルネサンスとは一瞬を永遠にする時代でした。時代を経て行くゆちに、絶望からの祈りや祖国への憂いを表現するデジタル作品がでてくると思います。
新しい表現は新しい時代とともにやってきます。多分、これからはデジタルによる表現が広がるでしょう。
私は、表現そのものもさることながら、それを生み出す人の思いや姿勢を感じつづけていたいです。

2007年10月 9日 (火)

1−9 表現の寿命

 世界的に音楽が売れていません。アメリカでは、数十年のキャリアをもつアーチストがコンサート動員の上位を占めるなど、古い世代の活躍が目につきます。世紀が変わるしばらく前から、ロックというかポップミュージックは勢いがなくなったと私自身は思っています。好みもあるでしょうが、表現としてとんがっていなくなった気がします。幾度となくロックは死んだと言われてきましたが、最近の有様はそんなにカッコよくありません。だんだんとしぼんできている印象です。
 ジャズも100年前は、一番売れる音楽ジャンルでした。クラッシックも、モーツアルトの時代は流行の先端だったと思います。どちらも社会的影響は未だに大きいです。ただ、時代をえぐる力はないと思います。えぐる力がなくなると伝統芸能に近づきます。ロックも50年たって伝統芸能化してきたのだと思います。
 落語は歴史も伝統もある素晴らしいエンターテインメントでしょう。ただし、同時代感では、お笑いに遠く及びません。最近、携帯で小説を連載する携帯小説というジャンルが若い人を惹き付けています。プロの作家の小説が売れない中、普通の人がいきなりベストセラー作家になっています。携帯小説家の文章は、プロの作家の文章力には及ばないかもしれません。でも、若い人に訴えかけたり、時代をえぐったりする力があるのだと思います。
 日本ではマンガもゲームもピークの勢いがなくなりかけています。携帯電話に押されていることは事実ですが、映画、テレビ、マンガ、アニメ、ゲームと続いた戦後のポップカルチャーは、全て、元気がなくなりつつあります。表現は時代の香りや色気が出るものです。表現そのものも歳をとることがあるのでしょう。社会が変われば表現の寿命も尽きると思います。
 ここ数年、コンテンツ政策という掛け声のもと、人材育成やファイナンスの大切さが政府により提言されてきました。でも、具体的施策で解決できることは限られていると感じます。残念ながら、施策をめぐらしても本物のムーブメントは出てきません。ビートルズもピストルズも誰かが狙って当てたのではなく、時代のうねりが創ったものです。
 ビートルズはそれ以前の価値観に反抗する世代が生み出しました。パンクも同様に価値観をひっくり返そうというダイナミズムと一緒にまき起こりました。ロックそれ自体は、白人音楽と黒人音楽との融合の産物です。歴史上も人の流れや物の流れが交差するところでは、新しい文化が生まれました。混ざり合って、圧力が加わると、化学反応がおこります。そのはじける力がムーブメントです。
 ある程度の制限や抑圧が、自由な新しい表現を生み出すことにつながることがあります。政府の圧力が少しあるくらいが反発する力は生まれるのかもしれません。ストレスのない社会は望ましいのですが、やっぱり、のほほんとした社会では駄目でしょうね。

2007年10月 8日 (月)

1-8 著作権は歴史的産物

 複製が簡単に手に入るようになるまで、コンテンツは著作権とは無縁でした。本を書き写すことはとても労力がかかり、量が限られるため、原作者は写本の流通に神経質にならずに済みました。変化のきっかけは、グーテンベルグにより活版印刷が普及し始めた15世紀です。16世紀以降はベネツィアなど出版が盛んな地域で、書物に関する著作権が確立しました。19世紀になると音楽も著作権の範囲に含まれ、以降、映画やコンピュータ・ソフトウェアなども対象に加わりました。著作権は歴史的な所産です。コンテンツとコピーの流通とを社会的にバランスすることが役割です。
 詩を書いたり絵を描いたりすると、大人であれ子どもであれ創作した人は自動的に著作権を手にします。著作権は条約で国際的に定められ、詳細が各国の法律で決められています。英語ではコピーライトと言います。コピーする権利と訳せます。勝手にコピーするな!ぱくるな!が創作者の素直な気持ちであり、権利です。コンテンツが正当に流通し、利用者がコンテンツを楽しみ、著作権者が経済的なリターンを手にするのが望まれる環境です。
 技術がアナログ方式ですとコピーする毎に品質が落ちます。ビデオテープをダビングして画質が劣化した場合を思い浮かべてください。他方、デジタル方式ではコピーをしても品質は劣化しません。録音可能なデジタルメディアが売り出され、オリジナルと全く同じCDの複製が可能になって、デジタルコピーの問題は顕在化しました。ただし、CDなどのパッケージ流通の間は、既存ビジネスへの影響はあるレベルに止まっていました。
 それが、21世紀になる頃からコンテンツは、どんどんネットで流通するようになりました。コピーを流通させるコストが著しく低下し、違法なコピーが急拡大しました。こうなるとCDやDVDなどのパッケージを制作・販売するビジネスモデルは大きな打撃を被ります。対抗策としてコピーは一回だけとか、コピーは出来ないなどの規格が広がりました。
 でも、それによって利用者・視聴者は不便を感じることが増えました。コンテンツとコピーとのバランスが崩れてきた証拠です。将来的には指紋認証などを使って、ネットワーク上での完璧なコピーコントロールが可能になるでしょう。親が購入したコンテンツは子供もネットワーク上で正式認証を受けた後、利用可能になるようなシステムです。そうなるまでの間は暫定的なルールで対処するしかありません。主な問題はビジネスですから、きちんとした客がついてお金が回るビジネスモデルが出来上がるかどうかにかかっています。
 ゴッホは生前、一枚しか作品が売れませんでした。それでもゴッホは描き続けました。表現することと生きることは同じだったのでしょう。著作権問題は財産権の問題がほとんどです。金銭的リターンはとても重要ですが、制作者にとっては表現することこそ最重要です。制作者が自由に表現を生み出すことができように社会を設計することが、コンテンツ政策の目的だと考えます。著作権制度にもその視点が大切です。

2007年10月 7日 (日)

1−7 ビジネスモデル

 もともと、コンテンツというのは生が基本でした。ギリシア時代の円形劇場での演劇や、絶対王政時代のベルサイユ宮殿での演奏会などを思い浮かべてください。生、つまりライブは一回きりでして、全く同じものを再現することはできません。音や映像のコピーが普及するには、20世紀の技術進歩を待たねばなりませんでした。19世紀までの数少ないコピー・コンテンツの例外が譜面による音楽流通です。作詞・作曲の管理、営業を行う企業を音楽出版社と呼びますが、これは譜面を印刷、出版してビジネスしていたころの名残です。
 演劇であれ、演奏であれ、コンテンツを楽しむ都度に実演する人が集まるのは、とても手間隙がかかります。また、実演を生で鑑賞するには時間も空間も制限されるので、鑑賞可能な人数にも限界があります。そのため、実演に接することができるのは、財力や権力のある一部の階層に限られていました。芸術家は鑑賞者である王侯貴族(パトロン)を顧客とする格好でした。しがたって、19世紀まではコンテンツのビジネスモデルといえばパトロンモデルでした。
 20世紀に入り、レコードが普及すると様相は一変しました。レコード・パッケージにより、音のコピー・コンテンツが流通することになりました。同様に20世紀後半以降は、ビデオ・パッケージによって、映像のコピー・コンテンツが流通するようになりました。ライブだけだったコンテンツが、コピーを手に入れ、時間と空間の壁を越えました。同時に、コンテンツを手に入れる費用が下がり、多くの人が様々なコンテンツを楽しめるようになりました。パッケージモデルが20世紀のコンテンツ・ビジネスの一つの特徴です。
 また、放送の普及により、家にいながら、劇場やホールと同じ時間にライブを楽しむことが可能になりました。初期の放送は、テープが非常に高価だったこともありライブ(生放送)が中心でした。ちなみに、放送に関する法律や契約には現在でも生放送主体だった頃の影響がみられます。費用の点で民間地上放送の視聴者は直接、コスト負担をしません。企業が宣伝のため支払う広告代金が放送コストをまかなっています。王侯貴族にかわって、大きな企業がコンテンツを下支えするモデルの登場です。広告モデルの普及が20世紀のコンテンツ・ビジネスのもう一つの特徴です。
 21世紀の特徴は、インターネットを原因とするものになるでしょう。コンテンツはCDやDVDなどのパッケージ商品による物流からネット流通へ転換が生じています。放送でも、ヨーロッパでは既に、過去の番組をネットで視聴できるような試みが始まっています。番組と広告が一体となっていたチャンネル編成にほころびが生じつつあります。パッケージモデルも広告モデルもともに変化に直面しています。まだ、21世紀のコンテンツのビジネスモデルは確立されていません。抽象論でいうと、技術進歩を取り入れ、ユーザーのニーズを満たすモデルが残ることになります。

2007年10月 6日 (土)

1-6 ずっとコミュニケーション

 昭和のメディアでは、前半はラジオが、後半はテレビが主役でした。新聞も雑誌も強い影響力と持ちますが、時間を共有する力では放送メディアにかないません。昭和20年8月15日は玉音放送とともに日本人の歴史になっています。個人的には20世紀に最も影響の大きかった発明は、原子力でも宇宙飛行でもなく、放送、特にテレビだと思います。
 平成のメディアといえば携帯電話とインターネットです。携帯電話の普及により仕事でもプライベートでもコミュニケーションは大きく変わりました。また、インターネットが普及して、だれもが世界に向けて情報を簡単に発信することが出来るようになりました。昭和のメディアは一方通行ですが、平成のメディアは双方向が特徴です。
 携帯電話とインターネットの普及と軌を一にして、CDやマンガの売上は減少を始めました。一日は24時間ですし、財布の中味も有限です。一人ひとりの消費量は限られているので、あるものが増えれば、その分何かが減ります。テレビゲームが拡大した影響によって他のコンテンツ消費が減少したように見える時期などが、これまでにもありました。コンテンツ内で時間や財布の取り合いが生じた現象です。ただし、最近のように、(エンターテインメント)コンテンツが全体的に伸び悩むことはありませんでした。コンテンツ消費の主役だった子どもの減少だけでは説明がつかない状況です。どうやら、コミュニケーションがコンテンツを押しのけたようです。コミュニケーションが最も魅力的なコンテンツ、いわゆるキラーコンテンツに躍り出ました。
 背景には、携帯大国、日本の事情があります。日本の携帯電話は通話やメールだけでなく、時にゲーム機にも音楽プレーヤーにも財布にもなったりします。i-modeのような携帯コンテンツが世界で最も成功した国でもあります。これについて、日本の携帯電話利用は特別で、独自の文化を生み出しているとの説明を耳にしたことがあります。しかし、世界各国の状況を眺めてみると確実に差は縮まっています。日本は先駆けただけでしょう。既に、欧米でもアジアでも、若い人の生活と携帯電話は切っても切れない関係になってきました。ものごごろがついた時から携帯に接している世代が世界中で広がっています。
 音楽を聞いたり文学を読んだりと、人はコンテンツを一人で楽しんでいるように見えます。でも本当は、時間と空間を超えて、演奏家や作家といった創り手とコミュニケーションしているのではないでしょうか。プリンスというアーティストは、聴き手とコミュニケーションするために、音楽を創造していると発言していました。また、創作することにより、自分の内面と対話していることもあります。携帯電話で家族や友達と会話するのも、CDを聞いたり、マンガを読んだりするのも広い意味ではコミュニケーションでしょう。技術の進歩が双方向のコミュニケーションを可能にしたので、近年はその領域の割合が高まりました。現在も過去も未来も、人が求めるのは結局のところ、コミュニケーションだと思います。私もこの文章を書くことでコミュニケーションしようとしています。

2007年10月 5日 (金)

1−5 おおらかな表現ルール

 日本に滞在する外国人が感じる違和感の一つに、電車の吊り広告があるそうです。日本では、男性誌や女性誌の吊り広告に、性的な表現を使った見出しがよくみられます。外国では、そもそも東京ほど車中に多くの吊り広告はありませんが、露骨な性的表現を使ったものはほとんど目にしません。また、最近までコンビニエンス・ストアでも、成人雑誌がテープで留められもせずに販売されていました。子どもが訪れ、手に取れる場所に、成人雑誌が無造作におかれていたことにも外国人は違和感をおぼえたそうです。
 文化の違いに応じて、暴力に関する表現の捉え方も異なります。ゲーム表現も問題になることがありますが、なんと言っても有名なのが日本アニメを海外で放映する場合でしょう。ドラゴンボールはフランスなどで大変人気を博しましたが、戦闘シーンの表現が子どもの視聴に相応しくないとしばしば問題視されました。
 性的な表現でも、暴力を描いた表現でも日本の表現ルールは、諸外国に比べて緩やかなものだと感じます。室町時代から江戸時代の春画も性的に随分露骨でしたしし、日本社会は昔から表現ルールにはおおらかだった気がします。
 戦後のテレビに関する規制に関しても同じ傾向があります。日本の放送法にも公序良俗に関するきまりや政治的公平に関するきまりがありますが、それらの規制を根拠に放送局が罰せられることはまずありません。もっともらしい注意や再発防止への指導にとどまります。他方、欧米各国では、しばしば規制当局は放送局に罰金を課したり、放送停止処分を下したりします。第二次大戦当時に表現の自由が制限された苦い教訓が日本の規制に影響している面はあるでしょう。
 民間放送は広告収入が基本なので、全国放送のチャンネル数は一国の経済規模に比例する傾向にあります。それに加えて、日本ではテレビの表現規制が少なかったことが、テレビの普及発展、とりわけ民間放送の普及発展にはプラスに働いたと考えます。くだらない番組が多いとの指摘もずっと以前からありますが、くだらない番組がなくなる時代というのは暗い時代がほとんどです。独裁的な政権はどこでも表現や批判に神経質になり、過度の規制を課そうとします。色々な番組があり、かたやそれに対する批判があって、表現の自由を通じて、なんとなく常識やルールが形成されるくらいが民主主義としては健全だと思います。表現や批判が自由であることは安定した社会の証拠でもあります。
 ただし、文化によって受け止め方は異なりますから、日本のコンテンツを輸出する際は相手国の宗教的側面などを酌む必要があります。反対に、ポルノなどでは日本では受け入れ難い表現というのもあるでしょう。インターネットは今後ますます高速大容量になっていきます。海外のコンテンツを自由に視聴できるようになれば、表現に関する国際的な問題は増加します。百年くらいしたら、各国の表現ルールも大差がなくなっているかもしれません。

2007年10月 4日 (木)

1−4 分厚い中間層

 日本社会の歴史的特徴に分厚い中間層が挙げられます。この分厚い中間層と稲作は切っても切れない関係にあります。日本の歴史は稲作拡大の歴史でもありました。
 経済学を作ったアダム・スミスが指摘しているように、米は小麦などに比べて、同じ耕作面積での生産カロリーが大きく、同一面積で多くの人を養うことが可能です。その効果もあり、米の普及によって日本の人口密度は高まりました。また、日本の稲作は欧米の小麦生産と比べて手間ひまのかかる農業です。加えて、田植えや稲刈りなど、きまった季節に多くの働き手が必要になる特徴があります。ある程度の量の単純労働でなく、多くの量の熟練した労働が求められる生産様式です。
 そこで育まれたのが共働社会です。日本のコミュニティ(共同体)のキーワードは「共に働く」でしょう。一緒に働くことを通じて、お互いを認め合い、組織や地域の維持運営をはかります。多くの人がともに働くわけですから、個性よりも協調性が重視されます。また、島国であり、異民族が流入しなかったことも協調性が重視された理由でしょう。異民族と戦うことが日常の社会では、協調性よりも個性や生命力が求められます。一緒に働くことで成り立つ社会は、トラブルが発生しないように、察しあったり、未然に調整したりする社会にだんだんとなっていきました。
 個人的には、日本人の相手を察する能力は、日本語の特徴とも関係が深いと思っています。同音異義語が多い日本語では、聞き手はいつも無意識に相手の背景や意図をくんで、発言を理解しようと努めます。この繰り返しが相手を察するコミュニケーションに繋がっていると考えます。
 今回も話が変わります。ヨーロッパでは王様のお妃を他国から迎えるということがよくありました。また、後継者に王族の親戚を他国から呼んでくることもありました。その結果、新しい王様が言葉に不自由する場合すらありました。各国の王侯貴族は親戚関係で結ばれ、貴族階級間での国際的移動は比較的頻繁でした。他方、国内では王侯貴族と一般庶民には超え難い階級差がありました。この確固たる王侯貴族層が生んだ文化がヨーロッパ文化の主流になりました。かたや日本では、士農工商が存在し、階級移動が難しかった江戸時代でも、金で侍になることは可能でした。家系図を買って先祖を書き換えることもしばしば行われました。幕末の重臣、勝海舟の曾祖父は高利貸しで儲けた資金をもとに、息子に旗本を継がせて、子孫を武家にしました。
 共働社会の中心は王侯貴族ではなく中間層です。日本文化の歴史的特徴に、ヨーロッパに比肩しうる貴族文化の不在と、庶民文化の深さがあります。その庶民文化を生み出したのが、共働社会を構成した分厚い中間層です。農業から工業へ、さらにサービス業へと生産の中心がシフトした現在でも、分厚い中間層が生み出す文化が日本文化の特徴であることに変わりありません。

2007年10月 3日 (水)

1−3 日本発見

 最近の日本文化を表す言葉にジャパニーズ・クールがあります。マンガ、アニメ、ゲームなどの分野で、日本の作品が欧米の若い人達からクール(かっこいい)と評価されている現象を指します。国際政治学などでは、このような国際的な文化力をソフトパワーと呼んで、軍事力などのハードパワーと別に注目する研究者がいます。従来から台湾をはじめとするアジアでは、日本のアニメやテレビ番組が若い人の間で広く流行することがありました。ただし、それらの流行時期には、文化(カルチャー)だけでなく日本の経済力も注目されていました。これに対して、ジャパニーズ・クールは文化単独で評価されているところが異なります。
 実際、アメリカの複数都市で日本のアニメキャラクターに扮するコスプレイベントが開催されたり、ヨーロッパの大型書店で日本のマンガコーナーが大々的に開設されていたりしています。日本ブームと呼んでも良いくらいです。
 でも、日本のマンガやアニメやゲームのクオリティが急に上がったわけではないでしょう。ずっと一貫して、高い品質を維持してきたと思います。また、国内では数十年の間、変わらぬ影響力を、特に子どもに与えてきました。かく言う私も影響を受けた世代です。
 変化したのは、むしろ欧米の方です。歴史的に社会的格差が大きかった欧米でも、ここ何十年と安定した社会環境が続き、だんだんと中間層が拡大してきました。その結果、従来の日本の総中流社会と似たような面が出てきたのでしょう。だから、戦後日本の一億総中流社会が生み出したマンガ、アニメ、ゲームなどの文化が注目を集めるようになったのだと考えます。
 話は変わりますが、ポルトガルのリスボンの河岸にジェロニモス修道院というゴシック様式の立派な修道院があります。アフリカの南を回って、インドに到着したバスコ・ダ・ガマの財宝をもとに建築されたものです。ガマはアフリカ南端周りでインドに続く航路を初めて発見したヨーロッパ人であるとされています。インド航路の開拓によって、ポルトガルは海上帝国へと歩んで行きました。
 その教会の近くに「発見のモニュメント」という名の記念碑があります。そこには、1541年日本発見と刻まれています。1541年に豊後に漂着したポルトガル船をもって、ポルトガルが日本を発見したことになっているようです。でも、ポルトガルに発見されるずっとずっと以前から日本はありました。アメリゴ・ヴェスプッチが発見する以前から新大陸アメリカが存在していたのと同じです。
 日本のアニメやマンガやゲームも少し前からあるものです。それに対してジャパニーズ・クールといって、急に欧米が評価するのにも、日本発見と似たような印象を抱いてしまいます。ともあれ、異文化に対する勝手な思い込みと、それへのささやかな反感も国際交流には違いありませんが。

2007年10月 2日 (火)

1−2 日本文化=いき?

 外国人がイメージする日本文化は、まだフジヤマ、ゲイシャ、加えてお茶、お花などでしょうか。最近でこそ、和食の広がりなどとともに、様々な面で日本文化も広まりつつありますが、まだまだ画一的なイメージを持たれがちです。というか、どこの国もイメージは単純化されるものです。
 理由は、外国との接する機会の問題でしょう。国際社会と言われて久しいですが、海外を相手にするビジネスマンなどを除くと、どこの国でも普通の人はあまり外国や外国人とダイレクトに接しないものです。教育の普及に伴い、世界的に外国語を習ったことがある人の割合が増えているとはいえ、実際に外国語を使って生活する人は限られています。外国語を話す人が多い国は、大国に囲まれた小国に多かったり、旧植民地の歴史を持つ国だったりします。
 外国人だけでなく、日本人が日本文化、特に過去の日本文化に持っているイメージも結構、偏ったものです。日本文化=「いき」などと単純化されることがありますが、いきというのは江戸文化の一つの特徴にしかすぎません。水戸黄門や大岡越前など、テレビで放送される時代劇の舞台はほとんどが江戸時代です。そんなせいもあって、現代の日本人にとっても江戸時代が古い日本のイメージになりがちです。江戸時代のイメージが強かったのは幕末も同じでして、鎖国が日本古来の制度と広く信じられていたそうです。260年にも及ぶ長い太平の世は世界史的にも極めて稀ですので、日本の特徴には違いありません。
 ところで、千利休と豊臣秀吉に朝顔をめぐるエピソードがあります。ある時、利休の庭一面に咲く朝顔が評判になったそうです。秀吉はそれを聞きつけて、利休に訪問を告げました。実際に秀吉が利休の庭を訪れてみると、朝顔は一つもなく、かわりに見事な一輪の朝顔が茶室に生けられていました。これこそ利休のもてなしの心だとか、これぞわびさびだとか解釈されたりします。でも、庭一面に咲く朝顔には、茶室に生けられた一輪の朝顔とは全く別の素晴らしさがあります。どちらがすぐれているというわけではありません。
 秀吉は茶会や花見をヨーロッパの舞踏会のような野外エンターテインメントに仕立てた演出家でもありました。安土城や聚楽第に象徴される戦国文化を一言であらわせば絢爛豪華です。また、雨風により今では渋い色彩になった寺社仏閣も、奈良時代は鮮やかな朱色で彩られていました。徳川時代は自由よりも安定が尊ばれた社会です。その結果、質素倹約が奨励され、開放感や彩さが薄れたにすぎません。
 古代エジプトの遺跡にも「最近の若者は・・・」と書かれているそうです。でも、そう言うほうも案外、昔のことを知らなかったりします。一口に日本人と言っても戦国時代と江戸時代とでは考え方が大分違います。見方によっては、明治の人は戦国時代の人に、戦後の人は江戸時代の人に近いかもしれません。時代の空気が、その時々の人々の振る舞いにも文化にも影響を与えます。

2007年10月 1日 (月)

1−1 パンとサーカス

 ローマ時代の言葉に「パンとサーカス」があります。国に欠くことができない事柄を短く表した言葉です。パンは食料の例で、サーカスは娯楽の例です。胃袋が満たされ、エンターテインメントを楽しめれば、まあ、世の中は平穏で、王様は安泰だという意味でしょう。味のある言葉です。
 明治の日本は、富国強兵がスローガンでした。戦後は強兵がなくなって、富国が所得倍増や高度成長と言いかえられました。そのあと昭和も終わりには、政府の目標は生活大国になりました。明治と比べて、あいまいなスローガンです。その頃から、明確な国家目標はなくなったのだと思います。
 21世紀になると、コンテンツ立国と耳にするようになりました。コンテンツとは音楽、絵画、文章、映像などをさす総称です。内容という意味で使われます。内容をことさら意識をするようになったのは、モノと内容である情報とが別々になってきたからです。映画の予告編は、映画館でもテレビでもパソコンでも携帯電話でも見られるようになりました。デジタル技術により、一つの情報を色々な機器で表現することが可能になった例です。
 また、インターネットにより、色々な機器に向けて、内容である情報を手軽に送れるようになりました。以前なら、音楽はレコードやCDといった器に記録されて、一体として売られていました。ジャケットがあって、ビニールでパッケージされている姿です。それが今や、回線を通してパソコンや携帯電話に取り込んで、楽しむように変わりました。モノの流通は必要ありません。でも、ジャケットがなくなってしまったら寂しいですね。
 歴史を振り返ってみると、紙が生産され、文字で記録する文化が広がりました。油絵の具によって、絵画の技法は拡大しました。活版印刷が発明されて、書物を手にする機会が飛躍的に増えました。デジタル技術やインターネットが特別なのではなく、芸術や文化はいつの時代も技術進歩の影響を大きく受けてきました。これからも変わらず、技術の影響を受けて行くでしょう。
 コンテンツや作品は、その当時の技術水準を無意識に体現しています。例えば、テレビゲームには映像処理の技術水準が現れます。また、社会の雰囲気にも大きく影響されます。司馬遼太郎さんの「竜馬が行く」は60年代の伸びやかな時代背景にマッチした新聞連載小説でした。70年代は、アニメの背景に放射能や公害を描かれたりしました。力強い作品が流行する時は、それが広がる社会背景があります。退廃した雰囲気の作品が流行する時もそれなりの社会的な理由があります。コンテンツや作品は、時代の色を写します。同時に、声なき声を刻みます。
 明治以来、日本はパンに重きがおかれた社会でした。世界に追いつくことを目標とすると、そういう性格になるのでしょう。しかし、キャッチアップの時代はとうに過ぎ去っています。ローマのようにそろそろ、パンとサーカスの両方をバランスよく語る時代です。

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