2-10 宗教とインターネット
モスクというのはイスラム教の礼拝堂です。キリスト教の教会と違い、神や聖人の絵や像はありません。モスクの装飾はアラビア文字の書など、幾何学的な文様でなされています。イスラム教では教えにより、神や預言者を絵や像にすることはありません。キリスト教でもはじめは禁じられていましたが、認められてから1200年以上が経ちます。教義の違いにより、イスラム教の芸術では書や文様が発展し、キリスト教の芸術では絵や像が発展するようになりました。キリスト教における神や聖人の絵や像をイコンと言います。パソコン画面の絵記号をさすアイコンはイコンの英語読みです。イスラム諸国でもパソコン画面にはアイコンが現れるでしょう。インターネットの表現では、そんなにまだ世界的な違いはありません。従来のイスラム教芸術とキリスト教芸術とでは表現の発展方向が異なりました。これから、さらに情報通信が発展し、世界がインターネット社会になった時、両者はどのようになるのでしょうか。仏教芸術を含め、芸術とインターネットの関わりは面白そうなテーマです。
伊勢神宮をトップとする神社本庁という組織があります。全国八万社の神社を包括する組織です。この神社本庁がネット参拝に対して注意喚起をしました。ネットで参拝できる神社は平成十八年末で、全国に千社以上もあるのだそうです。実際に神社に足を運ばずに、ネットで参拝をするとは、進んでいる気もしますが、少し違和感も覚えます。ネット参拝は、入院している人などからすると便利ですし、実際の参拝に繋がることもあるそうです。ネットが社会に浸透してきた象徴的な例です。宗教とインターネットの関わりというのも面白そうなテーマです。キリスト教、イスラム教、仏教、神道、ユダヤ教など宗教の種類によって、インターネット空間との距離は異なるのでしょうか。
おおざっぱに言って、ユダヤ教という宗教を信じる人がユダヤ人です。ユダヤ教というのは日本ではキリスト教やイスラム教ほど一般的ではありませんが世界的な宗教です。ユダヤ人は千八百年以上も、領土としての国を持ちませんでした。色々な国に分散して暮らしていました。それにも関わらず、ユダヤ人という集団は個性を保持し続けました。チャイナタウンに見られるように、中国の人も世界のどこに行っても、独自の文化性を保ち続ける傾向にあります。一方、日系人は世代を経るにつれて、現地の社会に溶け込み、日本列島に住む日本人との一体性は薄らぎます。インターネットは、ユダヤ人や中国人にとって、本国と海外コミュニティを結ぶのに有効に働くでしょう。かたや日本人はインターネット時代になっても、本国と海外コミュニティの距離はそれほど変わらないと予想します。
民族というのは意識によります。王貞治さんが中国系で国籍が日本でなくても、大方の日本人は王さんを日本人だと思っています。民族は意識であり、国籍や人種によるものではありません。その民族意識に変化を及ぼすほどの力は、まだまだ当分、インターネットにもないでしょう。
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